頼れる相手は口うるさい

 ミキはパイプ椅子に座り、机の上に置かれたレコーダーを見つめていた。

 いわゆる事情聴取をミキは受けている。

 狭い部屋で机を挟んで、ミキと対面しているのは、刑事の青野だ。

 青野は、ジッとミキを鋭い目つきで睨み付けている。


 「これは、何の事件ですか?」


 前に座る青野が、レコーダーの近くに指を持って行き、机をトントンとしながら聞いた。


 「小樽で起きた殺人事件のモノです。先週の金曜日……発見は土曜日か。犯人は、男女の二人組。事件現場は、アットホームという所です」


 「で、君は何の為にこれを?」


 ミキの話に頷きながら、青野は更に質問をしてきた。


 「一応記者なので、録音しようかなって。あ、でも第一発見者ではありませんよ」


 「でも、もう終わった事件。普通持ち歩きませんよね? 何に使うつもりだったのか……」


 ――もしかしてこの刑事さん、私が脅しに使う為に持ち歩いていたと思っているんじゃ……。


 調べれば、本当の事件か、その事件は解決したのかはすぐにわかる。

 青野達は、ミキが何か企んでいるのではないかと思っているらしかった。


 「消し忘れて入れっぱなしだっただけです。二個持っているので」


 「仕事熱心ですね」


 ――まいったなぁ。自分で蒔いた種だけど……。あ、そうだ!


 「あの、この話について詳しい人に電話して、話を聞いてもらってもいいですか?」


 ミキは、真顔になり青野に聞いた。

 青野は、少し眉間にしわを寄せると頷く。


 「どうぞ」


 ジッと青野は、ミキの動作を見つめている。

 ミキは、鞄からスマホを取り出すと電話を掛けた。

 相手は遊佐ゆさだ。彼に話をしてもらう事にしたのだ。もし、遊佐が警察官だと信用してもらえなかったとしても、伊東いとうに連絡をとってもらえれば、何とかなるかもしれないと考えついたのである。


 『何か用か?』


 すぐに電話に出た遊佐だが、出た途端、もしもしでもなく冷たい口調の一言だった。


 「今、電話大丈夫? ちょっとお願いがあるんだけど……」


 『お願い? ……何かしでかしたのか?』


 警察の遊佐にお願いの電話だ。そう思うだろう。


 「何もしてないわよ。ただ、第一発見者になっちゃって……」


 『はあ? もしかして余計な事を言って、しょっ引かれた訳じゃないだろうな?』


 「いや言ってはいないんだけど。レコーダーが見つかっちゃって。しかも、削除忘れていて……」


 電話の向こうから大きなため息が聞こえた。

 遊佐が頭を抱えつつ、大きなため息をした姿が目に浮かぶ。


 『何をやっているんだ君は。で、どこにいるんだ?』


 「札幌の手稲署……」


 『まだ、そんな所にいたのか! さっさと帰らないからそういう事になるんだろうが!』


 北海道に転勤になった事をいや、そもそもどこに住んでいるかも知らなかった遊佐はそう言った。


 「いや今、私は札幌に住んでるし! ね、お願い。見つかったのくすのきさんが発見された時のなの……」


 『……わかった。だが、その事件に首を突っ込むなよ! いいな!』


 伊東に連絡をとって欲しいと最後まで言う前に、遊佐はそう釘を打つ。

 そもそもレコーダーを発見される事態になっているのだから、手荷物検査をされた事がわかる。

 そんな事態になったとしたならば、自分から何かしらの事件に首を突っ込んだ事は、容易に想像できた。

 今回は違うが、ミキを知っている人物ならそう思うだろう。


 ――本当に遊佐さんは、小うるさい……。


 「はいはい。わかったわよ……。で……」


 『目の前にいる刑事と電話を代われ』


 また伊東に連絡してほしいと言う前に、遮られるが彼なら何とかしてくれるだろうと、遊佐には見えないがミキは頷く。


 「電話代わってほしいそうです」


 ミキはそう言って、目の前にいる青野にスマホを渡した。


 「はい、青野です」


 ミキが青野の様子を伺っていると、電話を掛けていいかと聞いた時よりも、深いしわを眉間に作った。

 何を言われたのだろうと、ミキは気になった。


 「はい。わかりました。お待ちしております」


 青野は、数分話、電話相手の遊佐にそう言った!


 ――お待ちしております? 遊佐さんって近くにいるの? あ、そっか。伊東さんを寄こしてくれるのね!


 青野は、スッとスマホをミキの前に出した。

 ミキは、それを受け取り鞄にしまう。


 「随分な方とお知り合いで。最初から言えばいいのに……。遊佐さんは、説明する為にわざわざお越し下さるそうだ」


 「え?!」


 そうミキに言うと、青野は立ち上がった。


 ――遊佐さんが? まだ小樽に居たの? 帰ったんじゃなかったの?


 ミキは、首をひねる。

 遊佐は、疲れたから帰ると行っていた。

 いや、あれから数日が経っている。何か用事があってこっちに来ているのだろう。


 「席を外す。ここを頼んだ」


 「はい」


 青野に緑川は返事をすると、青野が座っていた椅子に腰を下ろした。

 聴取は、バトンタッチされ緑川がするようだ。


 「では、若狭さん。昨日の十九時から二十二時の間は、どこで何をしていましたか?」


 「え? それが佐藤さんの死亡推定時刻なんですか?」


 質問を質問で返したミキに、緑川はそうだと頷いた。


 ――もし断らずに行っていたら殺されずにすんだ?


 被害者の佐藤のお願いより仕事場の河本に頼まれた仕事を優先した。先に約束をしたのだから当然だが、そう思ってしまう。


 「どうしました?」


 突然様子が変わったミキに、緑川はそっと声を掛けた。


 「……会社で仕事をしていました。浅井さん以外にも数名いました……」


 そう静かに答えたミキの顔色は、青白かった。


 「そうですか。わかりました」


 ――自分のせいでは何しろ、後味が悪い……。遊佐さんには悪いけど、犯人捜しをするわ!


 そう気持ちを切り替えると、ミキの目には生気が戻った。


 「あの、浅井さんってどうしているかわかりますか?」


 「たぶん、署の前にいるのではないでしょうか。バイクでついて来たようなので」


 「そうですか。ありがとうございます」


 ミキが礼を言うと、緑川はにっこりと微笑んだ。


 ――署の前にいるのなら、遊佐さんに捕まる前にサッと逃げる事も出来るわね。


 この事件を調べるとなれば、遊佐に会わない方がいい。

 だが、そう思惑通りにいかなかった。



 ○ ○



 「若狭さん、もう帰ってもらって宜しいですよ。あ、署の前で遊佐さんが待っているそうです。ご協力ありがとうございました」


 四十分ほど経った頃、青野が顔を出しそう言ったのである。


 ――逃げられなかったか……。


 「失礼します」


 解放されたミキは、礼を言ってその場を後にして、署を出た。

 言われた通り出てすぐの所に遊佐は立っていた。ミキを発見すると、鋭い視線を向ける。

 ミキは、小走りで遊佐に近づいた。


 「えーと……ご迷惑掛けてごめんなさい」


 そう言ってミキは、頭を下げた。


 「全くだ。言っておくが、今回はじゅんに迷惑を掛けない為だからな! 二度はないぞ」


 「わかってるわよ。私だってごめんよ。でも、助かったわ。ありがとう」


 遊佐は、小さくため息をついた。

 この様子だと、伊東に来てもらう様にお願いしても却下されていたかもしれない。


 「で、被害者の佐藤さんとは、本当に取材で知り合った仲だけなんだな?」


 「そうよ。相談を聞きに行っただけ」


 ミキは、遊佐の質問に頷いて答えた。


 「ミキさーん!」


 呼ばれてミキは振り向くと、浅井がダッシュで向かってきた。

 その顔は、安堵を浮かべている。


 「よかった! 誤解は解けたんですね! 僕どうしようかと……。あ、刑事さん?」


 「たぶん?」


 「たぶんとは何だ?」


 「だって私、警察官だとしかあなたの事知らないもの」


 それを聞くと突然遊佐は、ポケットから何やら取り出すと、ペンで書き込む。


 「遊佐だ。もし、ミキが無謀な事をしそうになったら、携番を書いたので遠慮なく連絡をくれていい」


 遊佐は、ミキではなく浅井に渡した。

 どこかで見た光景だった。


 「何それ……」


 何故か可笑しくなってミキは笑いながら呟いた。


 「西警察署生活安全課……。あ、僕は、浅井です。カメラマンです」


 「何がおかしいんだ」


 まだ笑っているミキに、呆れ顔で遊佐は言った。


 「だって、この前の光景に似てるから……」


 「あ、そういえば! あの時は、ミキさんが貰ったんでしたね」


 「何の話だ?」


 「ミキさんナンパされたんですよ! それで名刺に携番書いて渡されたんです」


 「君をナンパする奴がいたとは……」


 ミキはムッとして遊佐を睨み付ける。


 「何よそれ! って言うかナンパじゃないわよ」


 「何故そう思う?」


 「浅井さんも一緒だったのよ? しかも睨み付けたのに近づいて来たの。何の目的かは知らないけど……」


 それを聞くと遊佐は、眉間にしわを寄せる。

 話を聞く限り、ナンパとは思えない話だ。


 「あまり変なのに係わるなよ」


 「ふん。大きなお世話よ」


 「でも、用心する事に越したことはないと思いますよ。昨日だって佐藤さんから電話来た時、その男かと思ったんだから……」


 ミキは、ため息をする。


 「あのね、こっちは教えてないんだから掛けてくる訳ないでしょ?」


 「おや、まだこんな所にいらっしゃったのですか?」


 突然声が掛かり振り返ると、青野と緑川がこちらに向かってきた。

 遊佐は、軽く会釈した。


 「あ、そうだ。浅井さん、取材行きましょう」


 「え? あ、そうでした! ミキさんが解放されてよかったです。僕一人で取材になったらどうしようかと……」


 「では、私達はこれで……」


 遊佐から逃げるチャンスだと、ミキも軽く会釈するとバイクに向かおうとした。


 「まて! どこに行くきだ!」


 だがそう言って、遊佐がミキの手首をがしっとつかんだ!


 「取材よ。サッポロンに行くの」


 「余計な事はするなと言っただろうが!」


 「これは最初から決まっていた取材よ! 刑事さんにも話してあるわ! 離してよ!」


 ミキは、そうよねと青野を見る。


 「そういえば、そう言ってましたが……」


 「わかった? は・な・し・て!」


 青野は、ミキと遊佐を交互に見た。

 仕方がなく遊佐は手を離すと唐突に言った。


 「俺も行く!」


 「お好きにどうぞ」


 遊佐にニッコリほほ笑んで、ミキはそう返した。


 「私達、バイクだから……」


 遊佐は、驚いた顔をするも、二人の服装を見て納得した。


 「あの、お二人もサッポロンに?」


 そして突然に遊佐は、青野達に問う。


 「そうですが……」


 「申し訳ありませんが、同行しても宜しいでしょうか?」


 青野が嫌そうな顔をするが頷く。

 遊佐は、相手が嫌そうにするも動じず、礼を言う。


 「ありがとうございます」


 「宜しいですが……。やんちゃな彼女だと苦労しますね」


 「え? いや、そういう間柄では……」


 遊佐は、小さくため息をついた。



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