救われたのは……
事件を解決した次の日の朝、ミキは朝早くから食堂のソファーに座り、新聞を読んでいた。
北海道の地方紙。そこには殺人事件の記事が載っていた。
ミキは何となく、新聞で記事を読んでみたくなったのだ。
「早いな。おはよう」
ミキが振り向くと、遊佐が立っていた。
「おはよう。あなたも早いのね。まだ、六時半よ」
「昨日一日、君と一緒に居た為か、静かすぎてな」
ミキの隣に座りながら、嫌みのような一言を遊佐は言った。
「何よそれ! 私、そんなに騒がしくしてないわよ!」
新聞を畳みながら、速攻文句を返した。
「自覚がなかったのか!」
「何よそれ! 遊佐さんの方が目立っていたじゃない」
「そうか? まあ、元気そうで何よりだ」
「元気に決まってるでしょう。事件解決したんだから……」
折りたたんだ新聞を見つめつつ答えた。
「そういえば、一つ気になっている事があるのだが。楠さんが君に謝ったと話していただろう? どういう意味だったんだ?」
遊佐が言っているのは、楠の最期を話て欲しいと言った時に、伊藤に言った言葉である。彼は、ずっとそれが気になっていた。
ミキは、座っているソファーを見つめ答える。
「……ここに来た日に、二人でこの場所でお話ししていた時の事よ。楠さん、冗談を言った後、私に謝ったのよ……」
「なんだそれは……」
全く違う話ではないかと、遊佐は驚く。
「私がそう思っただけ。なんか、目が真剣だっただから……。意味ありげに感じたの」
そう答えたミキの声が、悲しげに聞こえる。
「彼女……楠さんの事は残念だったが、嫌われてはいなかっただろう? 話をしようと誘ったのは彼女の方からだし……」
遊佐は、どう元気づけて良いかわからずそう言った。
「そうね。でも、私も嘘つきって思われていたかもね」
「そんな事ありませんよ」
否定の言葉が後ろから聞こえ、驚いて二人は振り向くと堀が立っていた。
「おはようございます。すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」
「いえ、おはようございます」
遊佐がそう返すと堀は軽く会釈し、もう一つの向かい側のソファーに座った。
「おはようございます」
ミキも挨拶を返す。
と、座ったばかりの堀が突然立ち上がり、深々と頭を下げた。何事かと二人は驚く。
「昨日は助けて頂き、ありがとうございました。ちゃんとお礼を言っていなかったなっと思って……」
「堀さんって礼儀正しいのね。でもあれ、堀さんを助けた訳ではなく、自分の為よ。気にしないで」
ミキは、正直にそう言うも、堀は首を横に振った。
「そうであったとしても、僕はそれで救われたんです」
「大袈裟ね」
「大袈裟などではありません!」
堀はそう言うと、チラッと遊佐を見た。
「僕にとっては重大な事だったんです。婚約者が女装して、それが原因で署で取り調べなんて……。もしかしたら、婚約解消になっていたかもしれない」
堀が俯いて言うと、
「参考人としての事情聴取です」
遊佐は、そう言った。
その言葉に、また堀は首を横に振る。
「警察はそう思っていても、一般人にしては非日常的な事なんです。彼女は、僕の女装の事を知っています。ですが、ご両親は知りません。だから、大袈裟ではないんです」
「そうだな。いい印象はないな……」
遊佐は、すまなそうに言った。
「あ、いえ。遊佐さんは、悪くないですよ! むしろ感謝しています。あの時、刑事さんに、部屋で聴取をと言って下さったんですから……」
「いや、あれは、潤を助けたのであって……」
堀は、わかっていると頷く。
「でも、僕も助かったんです。二人とも本当にありがとうございます」
堀はまた、深々と頭を下げた。
「もう、やめてよ。照れくさいじゃない。でも、堀さんだけでも助かってよかったわ」
ソファーに座り直した堀は、真剣な顔でミキに話しかける。
「若狭さん、楠さんも救われたはずです」
「え?」
ミキは驚いて、堀の顔をジッと見る。
「昨日の夕食時に言ってましたよね? 楠さんに頼まれたって。伊藤さんの殺害時の話を聞いて思ったんだけど、事故は自殺で処理されたって事は、楠さんは違う主張いていて、それを信じて探していたんですよね?」
「そうね。楠さんが亡くなった後に犯人がわかったんだけどね。……遅いよね」
ミキは、床に目線を落とし、そう答えた。
「さっき遊佐さんと二人で話していた時に、嘘つきと思われてるかもって言っていましたが、僕は違うと思います。彼女は、自分の話を信じて、犯人を捜してくれた若狭さんに感謝しているはずです。犯人を捜し出せなかったとしても、信じてもらって救われたと! あなたに救われた僕だからわかるんです」
その言葉にミキは堀を見ると、彼は力強く頷いた。
「そんな発想はなかったわ。今の言葉で、私も救われた。ありがとう。堀さん」
「よかったな。君の言動を理解してくれる人がいて……」
「もう何よ。シリアスな場面なのに、茶々入れないでよ」
ミキはジト目で、遊佐にそう返した。
「いや、別に俺は、そんなつもりでは……」
遊佐が反論しようとするが、そこに声が掛かる。
「こちらにおりましたか。おはようございます」
三人が振り向くと、オーナーの棟方がニッコリとほほ笑んでいた。
「あ、おはようございます」
遊佐が挨拶を交わすと、二人も続けて挨拶をした。
「早期解決、本当にありがとうございました。お蔭で事が大きくならず、影響も最小限で抑えられました。遊佐様には、感謝しきれないぐらいです」
そう言うと、棟方は深々と頭を下げた。
遊佐は立ち上がり、軽く頭を下げる。
「俺は、自分の仕事をしただけです。こちらこそ、ご協力ありがとうございました」
「お二人にも不便を掛け申し訳ありませんでした。そして、さぞ怖い思いをなさった事でしょう」
棟方は、二人にもそう声を掛けた。
「いえ、今回の事件は宿側の責任ではありませんし、お気になさらずに……」
堀がそう言うと、ミキも頷き言う。
「スタッフの方が親切にして下さったので、何も心配しなかったです」
「そうですか。きっと食事もままならなかったと思いますので、最後の食事は豪勢に致しました」
「わあ! ありがとうございます! 堪能させて頂きます!」
ミキが、心から嬉しそうに言うと、
「君は、相変わらず、すごい食い気だな……」
遊佐は、そう言った。
「失礼ね。普通よ! 旅と言ったら食事も楽しみの一つじゃない!」
「そうですね。僕も最後の食事を堪能して帰ります」
堀が賛成すると、棟方はニッコリと微笑み、食堂を出ていった。
「棟方さん、若狭さんも解決に一役買った事、知らないみたいですね」
「別に構わないわ。褒めて欲しくてした事じゃないし」
堀の言葉にそう返すと、ミキはテーブルに向かう。
ミキが椅子に座ると、その横に遊佐、続いて堀も座った。
「別に三人しかいないんだから、横に並ばなくても……」
「そう思うのなら、君が前に移動したらどうだ?」
「もう座ってしまったもの」
なぜ私がと、ミキが返すと――
「俺もだ」
と、遊佐も返した。
そのやり取りを見ていた堀が、突然笑い出す。
二人は驚いて彼を見た。
「あ、すみません。僕、二人がくっついたんだと思っていた事、思い出して……」
遊佐はその言葉に更に驚くが、ミキはやっぱりと言う顔をする。
「夕飯時に若狭さんが、記者だって言って、遊佐さんがボイスレコーダー渡していたから、二人共記者だったんだと思っていたら、最後に警察だって……。あれは、驚いたなぁ」
堀は、あの時の風景を思い出し、うんうんと頷きながら語った。
「渡していたのバレていたのか……」
遊佐が言うと、堀は頷く。
「はい。真横でしたから」
遊佐は、思い出したとハッとしてミキを睨み付ける。
「そうだ! 一杯食わせたな! 隠し事はなしだと約束したのに! レコーダーも!」
――堀さん、余計な事を……。
ミキは、言い訳を交えながらも素直に謝る。
「一応、抜かりなく調べなくちゃって思ってね。録音した時は、まだあの二人が犯人だって気付いていなかったし。ごめん。悪かった」
顔の前で手を合わせ上目遣いで遊佐を見る。
彼は、大きなため息をした。
「全く。警察を出し抜くなんて……」
そこへ、食事が運ばれてくる。
「わぁ。美味しそう!」
大袈裟にミキが言った。
「本当に美味しそうです。ね、遊佐さん」
「そうですね……」
堀がそれぐらいで許してあげてと言う顔をしながら、遊佐に話しかけた。それに仕方がないと、許す事にした。
その後は、三人で世間話をしながらここでの最後の食事を終え、アットホームのスタッフに見送られ宿を後にする。
アットホームのワゴン車を鎌田が運転し、三人を駅まで送る。
アットホームの白い建物がどんどん小さくなって行く。
「そうだ。携番ぐらい、交換しませんか?」
堀は、そう言いながらスマホを出した。
「いいですよ」
「そうだな」
ミキも遊佐も了承すると、三人は情報を交換しあった。
「結婚式の日取りが決まったら、お二人も招待してもいいですか?」
堀がニッコリ微笑みながら訪ねた。
「勿論!」
「あぁ、楽しみにしている」
二人が了承すると、堀は更にニッコリ微笑んだ。
「ありがとうございます。では、連絡しますね」
堀が、スマホを振りながらそう言った。
「着きましたよ」
鎌田が、車を駅の入り口の前に停車させると、三人は車を降りた。
「鎌田さん、ありがとうございました」
ミキがそう言うと、二人も礼を言い、鎌田はアットホームへと戻っていく。
三人は、建物内へ入った。
「僕は、このまま帰りますけど、お二人はどうするんですか?」
堀は、二人に聞いた。
「俺も帰る。明日から仕事だしな」
遊佐は、帰って休みたいという顔をして答えた。
「私は、このまま観光をしてから帰るわ!」
「元気だな、君は。まあ、帰りのJRに乗り遅れないようにな」
観光をして帰るというミキに、遊佐はそう言うと――
「大丈夫よ。夕方までしかいないから」
と、ミキは返した。
「夕方……。十分、観光を堪能できそうだな。じゃな」
遊佐は、少し呆れた顔をしながら、片手を軽く上げた。
堀は軽く頭を下げる。
そして二人は、改札口に向かう。
「またねー! 今度は式場で!」
勿論、式場とは、堀の結婚式の事である。
ブンブンと元気に手を振り二人を見送るミキを遊佐は、恥ずかしいからやめろと軽く睨み付け、改札口を抜けて行った。
「行っちゃった……。さて、荷物をロッカーに入れて観光しますか」
ミキは、空いているロッカーにスーツケースを入れると、建物の外へ出た。
「まずはガラスでも見に行きますか」
着いた時と同じ、海の景色を眺めながらミキは呟き、一歩踏み出した。
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