ラディアル・ラブ
@blue_panopticon
第1話 失踪
初めて夫の子供を産みたいと思ったのはいつ頃だったか、事の終わった直後の寝室の上で私、仁江穂乃果は独り思い返した。結婚した時か、付き合い始めた頃か、それともずっと以前から決まっていた事だったのか。いつだろうか、そう考えていても火照り切った心と体では結論は出なかった。それよりも今は全身を包む幸福感に身を委ねていたかった。何にせよ長年の夢が今叶おうとしてるのだ、細かいことはどうでもいい。
そうやって思わずにやけていると隣の夫、仁江潤が「どうしたんだよ」と指で顔を突いてくる。彼も私と同じくにやけ顔だ。
「いやぁ、幸せだなと思って」
「だろうね」
「まだ上手くいったかは分からないけど」と彼は意地悪に笑う。
「絶対上手く行ってるはずだよー」と私は返して
「だって潤が私の中でイッたとき確かに見たんだもん、光が部屋の隅で瞬くの」
そう私が言うと彼は一瞬真顔になり、その後冗談言うなよというふうの表情で
「この期に及んでオカルトですかー」と言うので
「嘘じゃないよ、私絶対見たもん」と部屋の隅を指差す。
「あそこでチラチラ光ってたんだよ」
「そっかそっか」
「絶対真面目に聞いてないなこいつー」今度は私が彼の顔を突く。
「まぁまぁ」
「ところでこのまま寝ちゃうのもよくないし二人でシャワー浴びようよ」
「そうだね」と私も彼に続いてベットを出る。空気が皮膚に触れて冷たい。早くシャワー浴びて温まらなきゃ。
そうやって二人で浴室に向かう途中、私は背後に何か居る気配を感じて思わず振り返る。当然寝室には誰もいない。
「どうしたの?」と声が浴室の方から聞こえる。さっきの光といい何か変だと思いつつ、そんな不安は彼の顔を見た途端に吹き飛んでしまう。
きっと興奮して気が動転してたんだろう。あの時はそう思っていた。
潤と出会ったのは大学時代のことだった。学部のゼミナールが一緒で、初めて会った時から一目惚れだった。絶対にこの人と付き合うんだという気持ちでアタックを続け、三年生の冬に向こうが折れる形で交際が始まる。そのまま社会人になってからも私たちの関係は続き、数年の同棲生活を経て籍を入れたのだ。
最初に子供が欲しいと言い出したのは潤の方からだったが、私も元からそのつもりだった。だから彼の提案を快く受け入れたし、こうして子供を授かる事になって本当に幸せに思う。妊娠検査薬の結果も陽性。いよいよ自分が母親になるのかと考えると不思議な気分になる。
それで妊娠がわかってからすぐに潤に報告した。すると彼は一言「おめでとう」と私を抱き締めてくれた。それだけで彼の愛情が十分に伝わって来る。まさしくその瞬間私の人生はピークを迎えていた。
翌日、潤は会社に行ったっきり家に帰ってこなかった。 私が事態を飲み込むまでひどく時間がかかった。だが潤のいない妙に広くなった部屋で何日も過ごすうち、段々と嫌でも現実が見えてくる。身籠った私を独り残して、夫が失踪したという現実が。
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