SCENE-1

──宴の広間に面したエロド王の官殿。

  広大なテラス。

  バルコニーに寄りかかる兵士たち。

  右手に巨大な階段。

  左手奥に青銅ブロンズ製の古い水槽。

  月光。

 

若いシリア人

 「今宵のサロメ姫はなんという美しさだ……」

エロディアスの召使い

 「あそこに見える月を御覧なさい。なんて奇妙な姿でしょう。墓穴から甦った女……死んだ女のようです。まるで死人しびとでも探しているようだ」

若いシリア人

 「確かに奇妙だ……黄色い面紗を被り、銀の足をした小さな姫……小さな白鳩のような足の姫様によく似ている……まるで舞い踊っているようだ」

エロディアスの召使い

 「いいえ、あれは死んだ女のようですよ。ひどくゆっくりと動いている」

 

──宴の広間から騒々しい声が聞こえてくる。

 

第一の兵士

 「一体全体なんの騒ぎだ! あの吠えている野獣どもはなんだ!?」

第二の兵士

 「ユダヤ人さ。奴ら、いつもあんな調子だ。自分たちの宗教のことで言い争ってるんだよ」

第一の兵士

 「なぜ奴らは、手前の宗教のことでいがみ合ってるんだ?」

第二の兵士

 「知らん。しかし、奴らいつでもあんな調子さ……例えば、パリサイ派の連中は天使が居ると言うが、サドカイ派の連中は天使など居ないと言ってやがる」

第一の兵士

 「そんな事でずっと言い争ってるなんて、馬鹿げていると、おれは思うがな」

 

若いシリア人

 「今宵のサロメ姫はなんという美しさだ……」

エロディアスの召使い

 「あなたは姫様ばかり見ておられる。あまりにも見過ぎですぞ。そんな風に人を見つめては……何かわざわいが起るやも知れませんぞ」

若いシリア人

 「しかし、今宵の姫は美し過ぎる!」

第一の兵士

 「王が憂鬱な顔をしておられる」

第二の兵士

 「確かに、憂鬱な顔をしておられるな」

第一の兵士

 「何かをと見ておられる」

第二の兵士

 「誰かさんを、と見ておられるな」

第一の兵士

 「誰を見ておられるのだ?」

第二の兵士

 「おれは知らん」

若いシリア人

 「姫は何と蒼い顔をしておられるのだろう! あれほど蒼ざめたご様子はいままでに見たことがない。銀の鏡に映る白い薔薇のようだ」

エロディアスの召使い

 「もう見てはいけませぬ。あなたは姫様をあまりにも見過ぎですぞ!」

第一の兵士

 「エロディアス様が王の杯に酒をお注ぎになった」

カパドキア人

 「あれが……真珠をちりばめた黒い冠、髪に青い粉をつけておられるあの方が、エロディアス様かな?」

第一の兵士

 「そうさ、あれがエロディアス様さ。あのお方が王のお妃様だ」

第二の兵士

 「王は葡萄酒が大好きだ。三種の樽を持っておられるくらいだ。ひとつはサモトラキアの島の産地で、ローマ皇帝の袍衣ローブのように真紅の色をしている」

カパドキア人

 「わしゃ、まだローマ皇帝を見たことがないわ」

第二の兵士

 「もうひとつはキプロスの産地で、黄金のように金色をしている」

カパドキア人

 「わしゃ黄金が大好きじゃ」

第二の兵士

 「それから、いまひとつはシンリーの葡萄酒だ。それは血のように赤い色をしている」

ヌビア人

 「わしの国の神々は血が大好きじゃ。年に二度ずつ、若い男と処女おとめ生贄いけにえに供える。男五十人と処女百人じゃ。しかし、それでもお供物が十分でないとみえる。神々はわしらに随分つらくなさるからなァ」

カパドキア人

 「わしの国には、今じゃ神々はもうおらん。ローマ人が迫い出してしもうたからなァ。山中に隠れていると噂する者もおったが、真実とは思えぬ。わしは山で三晩明かして何処どこ彼処かしこも残らず探し廻った。じゃが何も見つからなかった。最後には神々の名を大声で叫んでみたが、それでも出て来る気配はなかった。神々は死んじまったんだろうと、わしゃ思うとる」

第一の兵士

 「ユダヤ人たちは、目にも見えない唯一の神を拝んでるぜ」

カパドキア人

 「わしには全くもって理解できんな」

第一の兵士

 「いずれにしても、奴らは目に見えないものしか信じないのさ」

カパドキア人

 「そりゃ、全く馬鹿げたことじゃと、わしゃ思うがな」

ヨカナーンの声

 「私の後から、私よりも更に力ある者が現れるであろう。私はその方の靴紐を解くにも足りぬ。その方が現れれば荒れ果てた大地も甦るであろう。百合のように花開くであろう。めしいたる者の眼も陽の光を見るであろうし、いたる者の耳も物の音を聞くであろう……嬰児も龍の窟にその手を置くであろうし、獅子のたてがみをとって牽いてゆくであろう」

第二の兵士

 「黙らせろ。奴はいつも途方もない事ばかり喚いてやがる」

第一の兵士

 「いやいや、ありゃ聖者だよ。それに至極おとなしい男だ。毎日おれはあの男に喰い物を運んでやってる。その度に彼奴は、おれに礼を言うのだ」

カパドキア人

 「ありゃ何者だい?」

第一の兵士

 「預言者さ」

カパドキア人

 「名は何と言う?」

第一の兵士

 「ヨカナーン」

カパドキア人

 「何処から来たのだ?」

第一の兵士

 「沙漠から来たという話だ。その沙漠では、いなごと蜂蜜を喰って生きながらえたそうだ。此処へ着いた時には駱駝らくだの毛皮を衣にして、革の帯を腰に締めていた。とても恐しい風貌をしていた。大勢の者が後ろからついて来た。中には弟子もいた」

カパドキア人

 「で、彼奴は何を語るのだ?」

第一の兵士

 「おれたちには到底解らぬ。時々とする事を言うが、しかし、あの男の言うことはよく解らんのだ」

カパドキア人

 「男に会えるのかい?」

第一の兵士

 「いや、王がお許しにならん」

 

若いシリア人

 「姫様が扇で顔をお隠しになった! 小さな白い手が小屋へ飛んでゆく鳩のように揺らめいている。あれは白い蝶に似ている。そう、白い蝶のようだ」

エロディアスの召使い

 「だが、それがあなたにどう関係があるというのです? なぜ姫様をと見つめるのです? 見てはいけませぬ……何かわざわいが起るかも知れない」

カパドキア人──水槽を指して

 「なんと不思議な牢屋なこった!」

第二の兵士

 「あれは古い水槽だよ」

カパドキア人

 「古いだと! それじゃ身体に悪いに違いないなァ」

第二の兵士

 「いや、そうでもないさ。例えば王の兄上、つまりエロディアス様の夫であった方は、あそこに十二年も押しこめられていた。だが、それでも死ななかった。で、お終いには仕方なくくびり殺しちまったんだ」

カパドキア人

 「縊り殺す、誰がそんなことを?」

第二の兵士──大男の黒人の斬首役人を指して

 「あの男、ナーマンだ」

カパドキア人

 「怖く、なかったのかな?」

第二の兵士

 「ああ。王があの男に指環をお渡しになったからな」

カパドキア人

 「指環だと?」

第二の兵士

 「死の指環さ。で恐怖は無くなったってわけさ」

カパドキア人

 「しかしそれにしたって、王を縊り殺すなぞ、恐しいことだがなァ」

第一の兵士

 「どうしてさ? 王だって他の人間と変わらん。首は一つしかないぜ」

カパドキア人

 「おれには恐しい事だがなァ」

若いシリア人

 「おお、姫様が席を立ったぞ! 食卓から離れたぞ! 酷く厭そうな様子だ。ああ! こちらに来られるぞ。ああ、我らの方に来られるぞ。しかし何と蒼ざめた顔だろう。あんな顔をしているのを見たのは初めてのことだぞ……」

エロディアスの召使い

 「見てはいけません。お願いだから姫様を見ないで下さい」

若いシリア人

 「まるで迷った鳩のよう、風に震える水仙のよう、銀の花のよう……」

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