ダンシング・ゾンビの愉快な世界

白里りこ

Let's Dance!!

 お盆休みも終わりが近い今日。日差しは強く、風は生温く、蝉の歌がそこら中を包んでいる。


 ボクはお墓の前で熱心に祈っていた。


 すると突然、何の前触れも無く、目の前の墓石がボカーンと吹っ飛んだ。


「は!?」


 次いで土の下から、全身灰白色の人間が二人、ボコーンと這い出てきた。


「ええ!?」


 しかも二人の顔はどう見ても、死んだ両親にソックリである。


 ボクは驚きのあまりひっくり返った。


 十三年あまり生きてきたけれど、こんなことは初めてだ。いや、永い人類の歴史の中でも、前代未聞に違いない。


 墓から出てきた二人の姿は、記憶にあるものとは少し違う。まず灰色だし、動作は実に緩慢で、素っ裸の肢体は瘦せ細り、口からは意味不明の呻き声が漏れ出ている。

 それでも顔つきを見れば、二人が誰かは一目瞭然だった。


 何故こんな形で復活したのか。五年前に謎の病で逝ったはずの、荼毘に付して骨を拾ったはずの、両親が。ボクが尻餅をついたままの格好で呆然としていると、二人はゆっくりと妙な動きをし始めた。

 腰を振って、 足踏みをして──何だかサンバのようでもある。いや、サンバだ。間違いなくサンバだ。リオのカーニバルをスロー再生で見ているような感じだ。


 オーシーツクツク、オーシーツクツク。

 蝉の大合唱をBGMに、二人は踊る。


 ボクは何だか怖いような、奇妙な気持ちでそれを見つめていた。この得体の知れない状況を何と言ったか──冒涜的ボートクテキ? 死者を愚弄グロウしている?

 それとも、本当に……二人は生き返ったの?


「……母さん?」ボクは小声で呼びかけた。「父さん……?」


 二人は踊るのをやめて、グルリとこちらへ首を向けた。

「ウガー」

「ウガー」

 両腕を真っ直ぐ前へ突き出し、のたのたとこちらへ寄ってくる。


 こ、これはもしや……久々の再会を喜ぶ抱擁の仕草──!!


「父さん母さーん!」


 ボクは恐れをかなぐり捨て、両腕を広げて二人に飛びついた。


「生き返ったんだねぇ! 何かちょっと灰色だけど……。夢みたい!」


 ところが、感涙にむせぶボクの二の腕に、痛みが走った。

 ──母さんの歯が、がっつりと腕に食い込んでいる。

「?」

 ぷっくりと、赤いものが湧き出でる。傷口を中心に、痺れるような鈍い違和感が広がり──それと一緒に、肌がみるみる灰色に染まっていく。


「うわわわ!? ナンジャコリャ!」


 ボクは血をぽとぽと垂らしながら、両親を振り払った。


「なんでボクまで」灰色に、と言おうとした。

 しかし、うまく口が動かない。


 ボクはウーッと唸って、何とか喋ろうともがいた。だが口だけではなく、腕も足も、身体全体が言うことを聞かない。


 それどころか、何だか無性に……コサックダンスをしたくなってきていた!


 両親はすでに低い姿勢でスタンバイし、ノロノロと足を交互に踏み替えている。ボクの体も、それに合わせてしゃがみ込もうとする。


「ムー! ムムム。ア゛ー、ウガー」


 ボクが慌てていると、頭上から高笑いが降ってきた。


「キャーッキャッキャ!」


 左上を見上げると、極彩色が目に飛び込んだ。


 それはタキシードだった。白いキャンバスに様々な絵の具をぶちまけたような模様のタキシード。それをこのクソ暑い中まとったオジサンが、ボクの目の高さくらいのところにプカプカ浮かんでいた。


「ああ、愉快、愉快」

 と、オジサンは言った。

 え、誰? どうして飛んでるの?

「ウガー?」


 するとオジサンは橙のリボンがついた紫のシルクハットを取り、空中からボクらに軽く会釈した。


「どうも。ワタクシ、ネクロマンサーです」

 ……ネクラパンサー?

「違う違う。まぁ、魔術師のようなものです」

 魔術師、とな。

「はい。ワタクシですね、アナタのご両親が亡くなった五年前、まじないをかけたのですよ。もう一度、この世に蘇るようにと」

 え! それで父さんと母さんがこんなことになったのか。

「はい」

 すごいや!

「すごいのです」

 でもどうして、とボクは考えた。さっきから、頭までうまく働かなくなってきている。

 えぇと……どうして二人は灰色で、ボクまで灰色になって、踊ろうとしているのだろう。

「それは、仕様です。我が野望のためのね。だって、踊るのは楽しいでしょう?」

 はぁ。そりゃ、楽しいけれども。

「ところで、ちょいと失礼」


 彼は、手にしたファンシーなピンクのステッキを振った。するとどこからともなく、生成り色のローブが二着現れて、両親の体にすっぽりと被さった。

 両親は特に反応を見せることもなく、「ア゛ー」と唸りながらダンスを続けている。


「これでよし。お二人が公然猥褻罪で捕まってしまっては、元も子もないですからね。そして——」


 彼がもう一度ステッキを振ると、空中からヴァイオリンが現れ、ステッキは弓に変化した。

「ヴァイオリンは紳士の嗜みと決まっています。ふふん」

 パンサーはすまし顔だ。

 こんなド派手なピエロ、紳士とは呼べないと思うけど。


「ウガー」

「よしよし。お三方、これからいいところへお連れしましょう」


 彼はヴァイオリンを構え、不思議な旋律を奏でながらフワフワと移動し始めた。どこかで聞いたことのある曲だ。ナントカ・ポルカとかいう名の。


 不思議なことにその曲を聞くと、彼について歩かなければならないという、抗いがたい衝動に駆られた。ボクは腕を前へ突き出し、曲に合わせてゆっくりと足を動かした。

 ボクの後ろで、両親もそれに続いている。


「はっはあ。三人ともお上手ですよ。やはり踊り好きのゾンビは、音楽で操るに限りますねぇ」


 もくもくと入道雲が鎮座する青空の下、ボクたちは墓地を出て、町へと下った。


 ここいらはちょっとした観光地で、道には観光客がひしめいていた。ボクたちがその中へ突っ込んでいこうとすると、わあっとどよめきが上がる。人垣がボクたちを避けるようにして丸く作られた。

 興味津々に見つめてくる者。写真や動画を撮る者。気味悪がって逃げようとする者。

 ボクは全身がむずむずするのを感じた。

 逃げる奴を、追いかけたくって仕方がない。追いかけて、捕まえて、友達にしたいのだ。彼らに噛みつくのはきっと快感だろうなあと思う。


「ア゛ー……」

「ふむ」と、パンサーは言って、弓を下ろし、ヴァイオリンを消してしまった。「さあ、新世界のアダムとイヴ、そしてその御子よ。──踊りなさい」


 ぱっと、体が軽くなった。ボクは思うままに駆け出して、逃げる素振りを見せていた初老の男性に飛びかかった。


 ぱっくん。

 うん。

 味は悪くはないが、良くもない。


 老人はダラリと力を失い、どんどん灰色になった。

 きゃーっ、と見物人たちが恐慌状態に陥る中、老人は今度はしゃきりと背筋を伸ばし、流れ出る血もなんのその、ぎこちなくタップダンスを踊りだす。


 ボクは満足して、他の人にターゲットを移した。逃げていく人はさっきよりずっとたくさんいる。

 ボクたちは走り回った。歩くときや踊るときは、ゆっくりとしか動けないのに、逃げる人を追う時はいかずちのような速さを出せた。

 周囲はあっという間に鼠色に染まった。

「アー」

「ウガー」

 無数の歌声が町に満ち、皆てんでばらばらに踊っている。

 フラダンス、タンゴ、ヒップホップ、どじょうすくい、ベリーダンス。


 一方、高みの見物のパンサーは、「キャハーッハッハァ!」と笑い通しである。

「素晴らしい。どこもかしこもゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。ねずみ講式に増えていくゥ! 皆の者、全てを捨て去り、アホになり、未来永劫踊り続けるがいいッ!」


 それはとてもステキで楽しいことのように、ボクには感じられた。


「ウガー!」

「そうでしょう、そうでしょう。楽しいのが一番です。ニンゲンというのはやたらと知能が高いせいで、悩み、悲しみ、争い、不幸になってしまうのですから」


 パンサーはボクらの頭上を優雅に旋回する。


「始めに言葉ありき──それが不幸の元凶ですよ。言葉こそパンドラの箱、知識こそ禁断の果実。そんなものは捨ててしまえばよいのです。知能が低下した方が、他の動物同様、幸せになれるでしょう?」


 彼は得意気に演説を続ける。


「そうしたらもう、ニンゲンに残された悩みの種は『死』のみ。ならば不老不死の体を授けましょう。それでこそ幸せ一杯になれるというものです。ホラ、御覧なさい。あとはもう、みんなで楽しくダンスするだけで良くなるのです!」


「ウガー!」

「ア゛ー!」


「大切なのは、そこに命があること、そして本人が幸せであること。踊るゾンビはまさしく、完全無欠の存在……ッ!」

「ウガー!」

「踊り狂いましょう、いつまでも! パクス・ゾンビアーナを創りましょう! ……そしてワタクシも、その幸せを享受する……」


 パンサーはふわりとボクの隣へ降り立った。その顔は、熱気に当てられたように紅潮していた。


「さあ、呪いを寄越すのです! 新時代の寵児よ!」


 ボクは言われるがまま、差し出された真っ白い手に歯を立てた。


 ぱっくん。

 うん。

 まずい。マッドな味がする。


「痛ッ。でも思ったほど痛くはな……ア゛、アアァ~」

 

 やがて鼠色に呑まれた彼は、のっそりした動きでソーラン節を踊り出した。派手な衣装とのミスマッチがひどすぎる。

 だがボクは、両手をぱっちんぱっちんと鳴らして彼を褒め称えた。何であろうと、踊っていればハッピーなんだから!


 ボクたちは一日中ダンスした。実に有意義なひとときだった。

 そして陽が傾きかけた頃、町中のスピーカーから、いつものように、音質の悪い「夕焼け小焼け」が流れ出した。

 その音楽に「かえれ」と命じられている気しかしなかったので、ボクは帰ることにした。再び両手を所在無く前に突き出して、のそのそと歩く。

 両親もボクに続いた。

 町からはまばらに仲間たちが散っていった。パンサーはいつのまにか、人ごみに紛れていなくなっていた。


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