第37話ブッ飛ばしは毎度のことで

 カエルが声が思ったよりも大きかったからか、イクスはビクッと肩を跳ねさせて驚く。しかしすぐに気を取り直し、セレネーをビシッと指差した。


「騙されるな! なんの見返りもなく人を助けるフリをして、その横で嘆くことになる人間をあざ笑うようなヤツなんだ。みんな騙されやがって……俺だけがその真実に気づいているんだ!」


 ……相変わらずよねぇ。ここまで昔と変わらないと、呆れを通り越して感心するわ。

 ふぅ、とセレネーは息をつくと、荷袋から魔法の杖を取り出す。


「はいはい……アンタがどう思おうが構わないけど、今忙しいからほっといてくれないかしら? アンダが絡むだけ、解呪が遅くなっちゃうから……アタシが暇な時ならいつでも歓迎するから、今日は引き下がってくれる?」


「問答無用。そのカエルの解呪が必要なら、俺が代わりにやってやる。だからセレネー……お前はもう何もするな!」


 イクスが剣を抜き様に駆け出し、セレネーへ襲い掛かる。


(ここ、街の往来なんだけど……すっっごく迷惑なんだけど! ここ王子の国だから、あんまり目立ちたくないのよ。あーもーこうなったら――)


 苛立ちながらもセレネーは怯えず、慌てることなく魔法の杖の先で小さな円を素早く描く。

 ピュンッと風を切る音がした瞬間、無数の細かい光の粒がイクスへ向かい――パッコォォォォンッ!


「ぐはぁぁぁぁ――……ッ!」


 小気味よい音とともにイクスの体が高く宙に飛ぶ。高く、高く、上の方で弧を描き、その姿は遠くの方へと消えていった。


 その様を平然と見送るセレネーとは対照的に、カエルは視界の脇でも分かるくらいにオロオロと狼狽える。


「あ、あ、あの、あんなに飛ばして大丈夫なんですか?!」


「あー大丈夫よ。アイツ頑丈だし、一応魔法で着地する時の衝撃が和らぐようになってるから死にはしないわ。毎度のことだし……」


「……毎度、ですか」


 セレネーは軽く目を閉じて頷くと、頬を引きつらせながらぼやいた。


「そう毎度。顔を合わせる度にあんな感じで襲ってくるのよ。勝手に思い込んで、決め付けて、会う度にアタシを悪者にしたがって、いつもアタシに吹っ飛ばされて……敵わないクセに、ずっとアタシを追い続けてさ。いい加減に諦めて、村に戻って畑でも耕せばいいのに」


 ずっと続いている関係――本格的に魔女として活動するより前の、まだあどけなさが残る少女の頃からこの調子。

 ふと今までのことが頭をよぎり、セレネーの顔に苦笑が浮かぶ。胸が重くなるのを感じながらホウキにまたがり、ゆっくりと浮上している最中でも、その苦笑は消えなかった。


「ごめんなさいね王子、見苦しいものを見せちゃって。あと、ここから場所を変えるわ。またアイツに来られると困るから……もう少しこの街で乙女を探したかったのに……」


「一体イクスさんとはどういう関係なのですか? 話しぶりからすると、かなり前からの知り合いのような気がするのですが……」


 サンドイッチどころじゃないのか、一口も食べずにそれを抱えたままカエルが尋ねてくる。あんなやり取りを見たら気になって当然かと思いながら、セレネーは軽く肩をすくめた。


「新しい街に向かいながら話すわね。ちょっと長くなるから、食べながら話半分に聞いていてよ。あんまり愉快な話じゃないし、面白くないとは思うけど……」


「構いません。セレネーさんのことをよく知っていそうなのに、あそこまで勘違いするなんて……悪の魔女だなんて言うなんて、信じられません」


 珍しくカエルがプクゥッと両頬を膨らませて憤りを滲ませる。心からそう言ってくれる肩の存在に、セレネーの苛立った胸の内が癒された。


「ありがと……どこから話せばいいかしら……一応アイツにも事情があるし、アタシを悪者にしたがる理由も分かるから……最初から話したほうが間違いないわね」


 建物や木々をすべて眼下になるまで浮かび上がると、一旦ピタリと止まってその場へ滞空する。それからカエルが飛ばされないよう速度を落としつつ、セレネーはホウキを前進させる。


 カエルが肩に腰かけてサンドイッチをかじったのを見届けてから、遠い目をしながらセレネーは語り出した。


「アイツとの関係はね、簡単に言えば幼なじみよ。子供の頃から知ってるし、いつも一緒に遊んでいた仲だったわ。小さな村だったし、子供の数が少なかったから、ほぼ毎日遊ぶ仲だったのよ――」


 話すために昔を思い出していくと、懐かしいあの頃へ気持ちが戻っていく。

 いつの間にかセレネーの口元に、厄介だと困ったものではなく、純粋に懐かしむ微笑みが浮かんでいた。

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