第38話始まりの笑顔

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「山間の村なんて、遊べる場所は近くの森ぐらいしかなかったから、イクスと一緒によく木登りしたり、かくれんぼしたり、おやつ代わりに木苺探して食べたりしてたわ……アイツのほうが半年ほど先に生まれたからって、兄貴面してたわねぇ。身長はアタシのほうがちょっと高かったから、傍から見ればアタシが姉貴っぽく映ってたとは思うけど。


 ちょっとでも俺のほうがスゲーんだってのを見せたかったんでしょうね。イクスは木登りで遊ぶ時、いつも高い木を狙って登ってたわ。それでアタシに登ってこいって言うから登るんだけど、追いついたら悔しそうな顔してたわねぇ。


 ……得意? ふふ、山育ちならそんなものよ。負けん気が強かったから、意地でも登ってやるって頑張ってたわ。おかげで鍛えられたわ……体力あったほうが魔法もたくさん使えるから、何気にこの日々が修行になってたのよねぇ。今振り返ってみるとさ。


 こんな感じで高い木に登り続けていたんだけど、ある時、高すぎる木にイクスが登っているのを大人に見られて、すぐ降りろって怒られて、慌てて降りようとしたら足を滑らせて落ちかけたわ。

 すぐに木の枝に掴まって落下は免れたけど、いつ落ちるか分からない状態。他の大人たちも駆け付けて、どうにか助けようと木に登っていくけど間に合わなさそうで……だから魔法を使ったのよ。たまたま登った木は村と隣接している森のすぐ入り口にあったから、すぐに近くの家に立てかけてあったホウキを取りに行って空を飛んだわ。


 みんな驚いてたわ。初めて人前で魔法を使ったんだもの。

 イクスを助けたら目を輝かせてさ、もっと飛んでってせがまれて、しばらく村の上を飛んでから降ろしたわ。みんなに目撃されちゃったし、家族にも怒られるだろうなあ……って内心冷や汗かいてたわねぇ。でも助けるためには仕方なかったって、自分に言い聞かせてた。


 魔法は人前で使うなって家族に言われ続けてたし、アタシ自身も否定的になってたから、子供ながらにどうしようって焦ってたわ。


 でもその時ね、イクスがすっごい笑顔で「ありがとう!」って言ってくれたのよ。


 他の村人たちもすごい笑顔で――イクスも、駆け付けてきたアイツの両親も、顔が涙と笑顔でくちゃくちゃでさ、こんなに魔法って喜ばれるものなんだって初めて実感したわ。

 この日から何かあれば魔法を使って欲しいって大人たちから頼まれて、喜んで魔法を使うようになったのよ。家族も村の人たちから感謝されて、仲間外れにならないって分かった途端に「村のために頑張りなさい」って認めてくれたから、余計に張り切ったわ。


 魔法書とかで勉強なんか一切しなかったけど、大体のことはできちゃったのよね。

 なんとなく魔力の出し方とか、どうすればどんな効果を生み出すのかとか、感覚で理解してやっちゃってたわ。今振り返ればちょっと危うかったわね……魔法って少し力の加減を間違えると暴走したり、失敗して自分に跳ね返って傷ついちゃったりするから。そんなことに構わず、バンバン魔法を使いまくる日々が続いたわ。


 ただ喜んでくれる顔が見たいって、それだけの理由で頑張ってた。

 幸せそうに笑ってくれる顔を見たら、こっちまで嬉しくなってさ……ずっと厄介だっと思ってたものが良いものなんだって思ったら、アタシ自身も認められたような気がしてた。


 ……ええ、そうよ王子。

 アタシが今の生き方を選んだきっかけをくれたのは、イクスの笑顔だった。


 アイツもアタシが色んな魔法で大人が持ってくる問題を解決していくのを見て、すっごく喜んでいたわ。「さすが俺の妹分だ」って、なぜかアタシの隣で胸を張ってさ。二人きりの時は「お前は俺より年下なんだから、いつでも俺を頼れ。甘えろ」とか言ってくれて……おかげで怖いものなしだったわよ。口では言わなかったけれど、アイツがいるから子供のままでいられたし、いつでも甘えていいんだって安心できたから。


 このまま何事もなく故郷の村で魔女をやり続けていたら、そのままイクスと家族になってたかもね。親よりも一緒にいる時間が長い相手だったんだもの、本当の家族になっても違和感がないというか……。


 でも、そうはならなかった。

 あの日のことさえなければ、ここまで関係も拗れなかったんだけどね……」




 セレネーの話を聞いていたカエルから、ゴクリと大きく呑み込む音がする。

 思わずセレネーが瞳だけ動かして肩を見やれば、いつの間にかサンドイッチを完食したカエルがこちらの横顔を凝視していた。


「一体何があったのですか……?」


 あまりに真剣な様子に、やっぱり秘密と茶化したくなってしまう。しかし迷惑をかけている現状を何も言わないのは礼に欠けると思い、セレネーは頷いから口を開く。


「あれは十年前……アタシが十四になったばかりの頃だったわ。確か雨が酷くて、自分の部屋で魔法を使って、色んな物を浮かべて遊んでたのよね――」


 あの薄暗い窓の外と叩きつけるを思い出し、セレネーは軽く目を閉じる。

 イクスが何度となく挑んでくるせいで、その度にあの時を思い出し、記憶を風化させてくれない。


 きっとアイツも……と思いつつ、セレネーはさらに話を続けた。

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