第30話ひとりで二人

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 夜になり、日課となっているユベールとのチェスをカエルは興じた。

 人と違って表情は出にくいが、それでも緊張して強張っているカエルの顔にユベールは首を傾げる。


『アシュリー王子……何かございましたか?』


 カエルはユベールの顔を何度も見やり、口を震わせる。それから意を決したように一人頷くと、ユベールの目に視線を合わせた。


『あの……誰にも言う気はありませんし、貴方のしていることをどうこうするつもりも一切ありませんが……ひとつお尋ねしたいことがあるんです。お聞きしても良いですか?』


 具体的に何を聞きたいかを言わなくてもユベールは察しがついたようで、表情を強張らせる。


『……どのようなことでしょうか?』


 大きく喉をゴクリと動かしてから、カエルはセレネーに言われたことを口にした。



『貴方はユベールではなく……ユベールのお兄さんですね?』



 二人の間に沈黙が流れる。その様子を水晶球の前でセレネーは固唾を飲んで見守る。


 しばらくしてユベールはゆっくりと頷いた。


『はい……このことをお気づきになられたということは、指輪を見つけられたのですね? 魔女と――セレネー殿と関わりがあるなら、魔法で何かしらの交流を図って指輪の秘密を知ってしまうのでは……と思っていましたが、やはり気づいてしまいましたか』


『セレネーさんとはいつでも連絡が取れるようになっているので、指輪探しを手伝ってもらっていたんです。それで……』


 カエルが言いにくそうにユベールへ伝える。どこまで事情を言ってもいいのかと戸惑っている気配を察し、セレネーは声をかける。


『ユベール、アタシの声が聞こえるかしら?』


『セレネー殿?! 一体どこから……』


『今は用事の途中で、遠く離れた所にいながら魔法で二人のことを見てるわ……この屋敷、防呪されてるから面倒くさいわね。本当なら水晶球に話しかければ届けられるのに、防呪で遮られちゃうのよね。だから貴方に魔法をかけて直接声を届けてるの』


 辺りを不思議そうに見渡してから、ユベールが首を傾げた。


『防呪? いつの間に……私が寝ている間にユベールが仕掛けたのだろうな。もし指輪が見つかり呪いを解いたとしても、私の魂を留まらせておくために……』


『良ければ事情を聞かせてくれないかしら? 貴方は今の状態に納得していないのでしょ? 何か力になれることがあるかもしれないわ』


 ユベールは細長い息を吐き出してから、『実は――』と事情を教えてくれた。


 兄が流行り病で助からないことを知ったユベールは南の海の果ての魔女へ会いに行き、兄を助けて欲しいと願ったそうだ。いくら魔女でも死期を変えることはできない。しかし魂を別の肉体へ入れることはできると言ってくれた。


 そこでユベールは自分の肉体を男に変えてもらい、兄が死んだ直後にその魂を自分の魂に結び付け、兄と肉体を共有するようになった。


 妹の体と人生を犠牲にしてまで生きたくはないと兄は訴えてきたが、ユベールは夢を叶え続ける兄を見ていくのが――近衛兵として仕官し、多くの人に認められていく姿を見るのが夢なのだと言われ続け、今日まで至っているとのことだった。


『……なるほど。つまりユベールの体には二つの魂が宿っているのね? 今本人と話すことはできるかしら?』


『ああ、もちろん……いつでも兄と入れ替わり、こうしてやり取りすることはできる』


 ニヤリとユベールが笑う。口調は変わらずだが、漂う雰囲気に少しだけあどけなさが滲む。


『え、えっと……初めまして? になるのですか?』


 カエルが伺いながら見上げると、ユベールは柔らかく微笑む。姿は変わらないのに、表情に女性的な柔らかさが覗いた。


『いえ、実は何度も兄と入れ替わり、直接アシュリー王子と言葉を交わしております。カエルになられてしまう前からも……』


『えええっ?! き、気づきませんでした』


 動揺しまくるカエルの気持ちが分かり過ぎて、セレネーはコクコクと頷く。以前からの顔見知りが実は中身が兄だったり妹だったりしていたなんて、誰も想像すらしない。


 愉快げに一笑してから、ユベールはおもむろに腕を組んだ。


『私も近衛兵になることが夢でしたから、兄が疲れて休みたい時に交代していたのですよ。もう兄とはこの生活を続けて十年以上経つのですが、未だに「俺はいないほうがいい」と言って昇天を望むのですから……困ったものです』


『いや、一度死んだ人間の魂を取り込んで、昇天させないお前のほうがどうかと思うが?』


『兄上がなんと言おうとも、このまま共に生きてもらいますから。今さら二人で築き上げてきたものから逃げるなんて、私は許しませんから』


『許してもらわなくても結構だから、いい加減に昇天させてくれ。このまま一生お前の人生を犠牲にし続けたくないんだ』


『勘違いしないで頂きたい。犠牲ではなく共存しているだけです』


『またお前は……頼むから考え直してくれ』


 ユベールがブツブツと一人で言い合いを始めてしまう。二人の魂が入っていることを知らなければ、あまりに異様な光景で引いてしまうが、事情を知ってセレネーは落ち着いて彼らを見守ることができた。


 それに対して、事情を知っても頭の処理がまだ追いついていないのか、カエルはオロオロとユベールを眺めるばかりだった。

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