第31話欲張りのススメ

『セレネー殿もアシュリー王子も、妹を説得して頂けませんか? このままではずっと私のために自分の望みを押し殺し続けてしまう……私は妹の幸せの邪魔をしたくないのです

。私が昇天すれば妹が元の姿に戻ると魔女から聞いています。どうか妹に自由を……』


『私は憧れの兄上とともに生きることが幸せだと、常日頃考えております。兄上が邪魔をするだなんて……むしろ兄上がいなければ私の幸せはないようなものです。どうかそんなことを仰らないで下さい』


 ため息をついた後、すぐにユベールは唇を尖らせてあどけなさを見せる。それから再びため息を吐き出す。ついさっきよりも明らかに大きな息だった。


『そんなことを言って……お前に子供の頃から意中の人がいるのを知っているんだからな? その方と結ばれる可能性は限りなく低いだろうが、今のままでは不可能……お前の可能性を潰したくないんだ』


 ほんの一瞬、ユベールの視線がチラッと動く。刹那の本音をセレネーは見逃さず、口端をニンマリと引き上げる。


『もしかして意中の人って王子のことかしら?』


 指摘した途端にユベールの頬が赤く染まり、目があちこちに泳いだ。


『ち、違います! アシュリー王子のことを好ましいと思う気持ちはありますが、それは敬愛のようなもので……そもそも、このような体と事情を持つ私に好意を持たれても迷惑なだけ――』


『え? すごく嬉しいのですが……王子という肩書きだけで好かれるとは思っておりません。私という人間を好きだと思って頂けるなら光栄ですし……』


 言いながらカエルの視線も泳ぎ始め、ついには小さな両手で顔を覆って俯いてしまう。

 なんとも可愛くて微笑ましい光景ねーとにまにましながらセレネーは思う。


(あらあらあら、うまくいけば解呪できそうじゃない? でも今のままじゃあお妃様に迎えることはできないから……ひと肌脱ぐとしますか)


 そっと魔法の杖を手にすると、セレネーはユベールへ声をかける。


『ねえお兄様、ちょっと聞きたいことがあるけどいいかしら?』


『あ、ああ、構わないが……』


『お兄様は女性の体になっちゃっても大丈夫かしら?』


 ガタッ、と。ユベールが椅子から立ち上がりかけ、目を吊り上げながら辺りを見渡す。


『兄上を昇天させるのですか?! 絶対にさせません!』


『違うわよ。貴方からお兄様を奪えば、ずっと幸せなんて感じられないでしょうから……お兄様をそのまま中に入れたままで、いつでも女性に戻ったり男性になったりできるようにするのよ。どうかしら?』


 ユベールの目が大きく見開かれる。カエルも丸い目をさらに丸くして虚空を凝視する。


『セレネーさん、そんなことができるのですか?!』


『かけられている魔法に、ちょっとだけ魔法を上塗りすればできるわ。でも、いつでも男にも女にもなれるし、中身は兄と妹が常に一緒……そんな相手でも王子は大丈夫?』


『それが全部あってこそのユベールですからね。受け入れていけるか、これから向き合っていきたいと思います』


 さすが王子、懐が深いわ……これなら大丈夫そうね。

 カエルからユベールへ水晶球の映像を向ければ、潤んだ瞳でカエルを見ている。兄か妹かは分からない。もしかしたら二人とも同じような気持ちなのかもしれない気がして、セレネーはますます手応えを感じた。


『さあ王子、ユベールの指輪を持って来て』


『はい、分かりました!』


 ぴょんこ、ぴょんことカエルは寝床にしているカゴまで行くと、絹の布の下に隠していた指輪を首にかけて持ってくる。


 セレネーは深呼吸を何度か繰り返すと、光の粒を水晶球へと送り込む。すると指輪の周りに光がまとわりつき、パァッと小さな閃光を生む。

 そして指輪の金と銀が混じり合う中央に、真白く滑らかな真珠のような石が飾られた。


『この指輪をはめれば女性の姿に戻れるし、外せば男性の姿になれるわ。どうやって生きていきたいか、色々と試してみなさいよユベール。我慢する必要なんてまったくないわ。欲しいものは欲張りなさいよ、恋も立場もお兄様も……ね?』


『セレネー殿……』


 呆然となるユベールへカエルが近づき、指輪を差し出す。


『ユベール、どうか貴方のことをもっと教えて下さい。お願いします』


 指輪を受け取ろうとして、途中でユベールの手が止まる。

 しばらくカエルの目を見つめる。まったく逸らされない視線から勇気をもらったようにユベールは指輪を摘み取ると、胸元で握り込んだ。


『……はい、アシュリー王子』


 ぎこちなさそうだったが、ユベールの頬が緩んで笑みが浮かんでいた。

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