第13話優しさからのすれ違い
『おい、今女性の声がしたんだが……』
ヒゲを生やした強面の男がキラに声をかける。慌ててキラは帽子を深く被って顔を隠し、カエルは急いでキラの胸ポケットに隠れる。
『す、すみません……あの、興奮し過ぎて高い声が出てしまいました』『……ホラ、こんな感じに出ちゃうんです』『お騒がせして申し訳ありませんでした』
カエルが話している途中でキラが喋り、またカエルが話してその場を誤魔化そうとする。男は不思議そうに首を傾げたが、『そ、そうだったか』と引き下がってくれた。
『興奮し過ぎて、と言ったが、何か発見があったのか?』
『はいっ! 先ほど岩窟内で赤い竜の鱗を発見しました。ここは神竜の伝説がある地。もしかしたら神竜がいるかもしれないと調べてみたら、この下で眠っている神竜を確認しました』
カエルよりも先に、キラが興奮気味に口を開く。その突拍子もない話を聞いて、男はこれでもかと目を見開いて驚いた。
『な……っ?! つまり我々は神竜の上に立っているということか!』
『そうです! いつ目覚めるとも分かりませんから、一度調査団を批難させて岩窟外周辺の調査を――』
キラが活き活きと報告している最中だった。
『あれ? この声、キラの声じゃないか?』
『そうだよな。どう聞いてもそうだような』
男の背後から他の調査団員たちが数人やってくる。その中にキラを知る者もいるようで、聞こえてきた話し声にキラが息を呑みながら口を閉ざす。
『あ、あの……頻繁に続いている地震は、その、竜のいびきのようで……早く避難をしたほうが良いと思います』
慌ててカエルがキラの代わりに話すが、不自然なまでにたどたどしい。その場にいる男たちが各々に首を傾げ、『誰だ、コイツ』と訝しみ始めた。
痺れを切らせたキラが、帽子を取って正体を現した。
『ああっ! やっぱりキラか!』
『いつかやるんじゃないかと思ってたけど……本当にやっちまった』
顔見知り――彼らも若いところを見ると、キラの同期なのだろうとセレネーは察する。困惑が色濃くなる中、キラは彼らをひとりひとり見ながら訴える。
『勝手なことをしてごめんなさい……女性でも過酷な地での調査はできることを証明したかったんです。あと、神竜の話はデタラメじゃありません。鱗もここに――』
腰につけていたポーチからキラは鱗を取り出して、最初に話していたヒゲの男に手渡す。すると男たちが群がり、鱗をマジマジと見てきた。
ヒゲの男もしばらく鱗を眺めてから、団員たちを見回して指示を出す。どうやら彼が調査団の長らしい。
『まずは岩窟内から撤収し、近くの開けた場所まで戻るぞ。今すぐ他の者にも声をかけてくれ』
言われるなり『分かりました』と男たちは踵を返し、岩窟内の他の団員たちを探しに向かう。そして団長はキラに目配せし、ついて来いと促してきた。
一瞬キラは身を強張らせてから頷いて団長に近づく。強面の鋭い目がギロリと向けられたのも束の間、彼は小さく息をついて眼差しを和らげる。
『君がどれだけ優秀な人なのかはよく知っている……所内で有名だからな。ただ言い訳をさせてもらうが、我々は女性を軽視して調査する場所の制限をしている訳ではない』
『……では、どうして制限を?』
『研究者は調査と研究所の行き来がほとんどで、所内で恋人や夫婦を作ることが多い。だから大切な相手に危険な場所や過酷な場所へ行って欲しくないがために、先人が決めたことだと聞いている。守りたいがためのワガママ……これでいいとは思っていないが、女性を見下したものではないことだけは知ってもらいたい』
なるほど、国を挙げて研究に力を入れているからこその事情らしいと、セレネーは得心する。他にも理由は想像つくが、恋人や妻をひとりだけ特別扱いするワケにはいかないからと、ならいっそ女性そのものを……となったのだろう。
キラの表情が納得できないと言わんばかりに膨れている。反論の言葉を探しているような気配が濃くなる中、カエルがキラの胸元から顔を出した。
『大切な人を守りたいのは女性の方も同じですよ』
『……っ! しゃ、喋るカエル?!』
ビクッと団長が大きく肩を跳ねさせる。驚かせてすみません、と苦笑してからカエルは話を続ける。
『私は訳あってキラさんの所に身を寄せている者です……見ての通り、こんな小さくて非力な頼りない身ですが、それでもできることはありますし、少しでも大切な人を支えて喜んで頂きたい――この気持ちを抑え込められて、喜ぶ人なんていません』
『カエルさん……』
穏やかに話すカエルを、キラが瞳を輝かせながら見つめる。心をしっかりと掴んでいる手応えに、セレネーが水晶球の前でグッと拳を握る。
(王子、偉いわ……相手が心から望んでることをちゃんと汲み取って……よくよく考えてみれば、カエルのままでキスできるほど仲良くなれた子って何人もいるのよね。実は天然のタラシね王子)
これで外観も良ければ絵にかいたような完璧な王子様だし、そうでなくても人の形をしていればカエルより相手にドン引きされることはないだろうから十分にモテるだろう。
もしかしてモテすぎて誰かからひがまれたか、嫉妬されたかで呪いをかけられたのかもしれない――そんなことをセレネーが考えている中、カエルは静かに団長へ訴え続ける。
『すぐに規則を変えることは難しいとは思いますが、どうにかできませんか? 異性だ大切な人だと言う前に、同じ研究所の仲間。苦労を分かち合い、支え合っていくことは、研究をより極めるためにも大切だと思います』
喋るカエルに引いていた団長だったが、カエルの物腰と真剣な訴えに心を打たれたのか、真剣な顔つきで大きく頷いた。
『確かに……研究のことを思えば、性差をつけるべきではないと思う。ましてや女性側がそれを苦しいと思っているなら尚更……どうにか改善したいところだが、上がな……』
悩まし気なため息から、頭の固い人間が研究所を牛耳っている気配をセレネーは察する。
(厄介な人種が上にいると大変ねぇ……乗りかかった船だし、どうにか解決してあげたいわね)
腕を組んでいい方法はないと考えてみる。ふと、出会った時にキラが言っていた言葉を思い出す。
(……魔女は知の象徴で、この国では尊敬すべき人物だって言ってたわよね。もしかしてアタシが進言してみたら状況が一気に変わるのかしら?)
そんな単純な話ではないとは思いつつも、動いてみる価値はあるかもしれない。
思い立ったら即行動。セレネーはホウキに乗って、王立研究所へ向かってみた。
「こんにちは。ちょっとこちらの所長さんとお話がしたいんだけど――」
ホウキに乗ったまま正面の入り口を潜ると、その場にいた研究員たちが全員目を丸くし、口を開けて驚き続けた後、誰もが跪いて頭を下げた。
(えっ……ちょっと。そんなに魔女って凄いと思われてるの?)
予想以上の反応にセレネーが驚いていると、バタバタと建物の奥から走ってくる足音が聞こえてきた。
息を切らせながら現れたのは、数人の老研究者たちだった。
「ま、魔女様! わざわざここへ立ち寄って頂けるとは……身に余る光栄でございます!」
そう言って彼らも他の所員と同じように膝をついて頭を下げた。
着ている服が他の者たちよりも豪華で、彼らがここでの権力者たちなのだろう。こちらの話に耳を傾けてくれるなら好都合だった。
セレネーは不敵に笑いながら「少しお話、いいかしら?」と、魔女っぽさを出しながら話を切り出した。
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