第10話キラの意地とカエルの真心
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
期待通り、キラと王子の仲は数日で距離が縮まり、セレネーが傍から見ていて微笑ましい関係を作っていった。
森で何か調査をしているようで、キラはテントに寝泊りしていた。日が出ている間は動植物の調査をして、日が沈むとテントでカエルと雑談を楽しむという生活の繰り返し。見たところ二十歳を過ぎたか過ぎていないかといった年の頃なのに、街でオシャレを満喫するよりも、泥だらけになりながら森を探索することが根っから好きなのだということが、セレネーにはよく分かる。
――大陸の中央の大森林を住処にしている自分と、非常に通じるものがある。キラを知れば知るほど親しみを覚えずにはいられなかった。
そんなキラと一緒にカエルは連日体を汚しながら、彼女が立ち入れない場所を代わりに調べて報告したり、食事も忘れて調査するキラにテントから食事を持ち運んだり、ちょっとした食後のデザートに森の果実を採ったりと支えていた。
(本当に王子って汚れるのを嫌がらないわね。むしろ活き活きしてるような……一体カエルになる前はどんな人生送ってきたのかしら?)
今までのように奇跡を演出しなくてもいいからと、ベッドに寝転がってくつろぎながら水晶球を眺めていたセレネーはふと思う。
カエル生活が長くなったから馴染んでしまったということもあるだろう。しかし元々好きでなければ率先して動かないだろうし、食料を採取することも楽しそうにはできないだろう。
きっと小さい頃は城下町の子供と同じように遊んで育ったのかもしれない。そして気さくで優しい王子に成長したのだろう。
今度機会があれば聞いてみようか――そう考えてから苦笑する。
(このままいけば順調にキラと結ばれて、花嫁探しの旅は終わるじゃない。そうなれば話なんて聞けないわ……魔女が安易に城へ出入りするワケにはいかないものね)
王子に興味が出てきたのに、もう一緒にいられなくなる。
そう思うと少し寂しいような、残念なような気がして、セレネーは水晶に映ったカエルを指で弾いた。
キラは本当にカエルへよくしてくれた。
汚れたカエルをこまめに拭いてくれたり、「体が乾いて辛くないですか?」と水を垂らしてくれたり、携帯していた硬いパンや干し肉などを食べやすく千切ってくれたり、柔らかくして食べやすくしてくれたり――そして寝る前に泥パックを勧めたり。
『本っ当に肌がツルッとモチッとキュッピーンときれいになるんですよ? 騙されたと思って一回やりませんか? 絶対に後悔させませんから!』
『い、いえ、私はこのままで大丈夫ですから……』
『オススメなんだけどなあ……カエルさんのモチピカお肌、触ってみたいんだけどなあ』
無理強いはしないが、キラは連日諦めずに勧めてきた。カエルが元は人間の王子だと教えれば勧めなくなりそうな気はしたが、正体を明かして純粋な愛ではなく、邪な気持ちを芽生えさせて解呪の障害を作りたくない。こちらから指示を出すまで黙っているよう、セレネーはカエルに言い聞かせてあった。
真実を告げられず困惑しながら断るカエルに、セレネーは水晶球越しに「頑張れ王子ー」と応援する。
チラチラと目配せして視線で訴えてくるキラへ、カエルがたどたどしく答えた。
『あの、お気持ちは嬉しいのですが、女性に体を触られるのは……その、緊張するというか、緊張すると言いますか――キラさん?』
ずっとにこやかだったキラの表情が曇る。
今にも泣き出しそうな、どこか悔しそうな、顔の中心へ力を寄せた顔。カエルが心配そうに覗き込んでいると、キラは普段より低い声で呟いた。
『……カエルさんも、私が女性だからって、拒絶するんですか?』
『え……?』
『女性は体力がないから、力がないから、簡単に弱音を吐くだろうから……って、王立研究所の男性の同期や先輩から言われ続けていますし、上層部も女性の研究者に対して調査できる場所を制限しいるんです。体力も力も、工夫次第でどうにでもなるのに……』
ずっと明るい所だけを見せていたキラの陰に、セレネーは小さく唸る。
(上層部からすれば、危険な目に合ったら責任を取り切れないからってことなんでしょうけど……これは燻っちゃうわねぇ)
魔女界隈でも似たような話はある。ただし魔女の場合は逆だ。圧倒的多数が女性の中、稀に男性の魔女もいる。
魔法使いではなくて魔女。
どちらも似たようなものだが、魔法使いはあくまで魔法に長けた賢い者。魔女は魔法や占術や秘薬や知恵などを駆使して、人々の悩みや希望に応える者。
人へ寄り添って向き合うことに、男女の違いで差が出るものではない。あくまで個人の資質だ。それなのに女性でなければ寄り添えない、女性でなければいけない、と頑なに考える魔女が意外と多かったりする。そのせいで魔女の集会に男性の魔女を参加させないことがある。
(どっちにしても理不尽よね。まさか泥パックのやり取りで、こんな重いものが出てくるなんて……王子も驚いたんじゃあ――あれ?)
水晶球の視点をキラからカエルへ移すと、困惑した様子は既に無く、真剣な眼差しでキラを見据えていた。
『私はただ、キラさんのような素敵な方に触れられると照れてしまう、というだけでしたが……意図せずとはいえ、貴女を傷つけてしまい申し訳ありません』
『カエルさん……』
『不当な扱いに憤るお気持ちはよく分かりました。どうにかキラさんが報われる方法はないか、これから考えさせて下さい。こんなカエルの身ですから、できることは限られていますが……』
あら、思わぬ展開だけど、彼女の心をがっつり掴む好機じゃない! ここでそれを宣言できたのは偉いわよ王子。
見つめ合ってしばらく無言になるカエルへ、セレネーは水晶球越しに話しかける。
「王子、ちょっと聞いてくれる? あ、返事は声に出さなくても、心で思うだけで大丈夫だから」
(セレネーさん?! は、はい、なんでしょうか?)
「アタシに良い案があるから、それをキラに提案してみてくれないかしら?」
(良い案? どんなことでしょうか?)
『フフ……古臭くて理不尽な決まり事はね、前例を作ってしまえば穴が開いて壊しやすくなるものなのよ。ちょっと大変かもしれないけど、アタシが魔法で応援するから。あのね――』
セレネーが案を提示していくと、カエルの体が強張り、汗がダラダラと流れ始める。
『カエルさん、どうしたんですか?』
小首を傾げるキラへ、激しく動揺しながらも『あの、提案が――』とカエルはセレネーの提案を語る。
怖気づくどころか話が進むほどにキラの目は輝き、『じゃあ明日やりましょう!』と即座に快諾してくれた。
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