第4話魔女の演出は功を奏して

       ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 夜になり、セレネーは昼間見た少女ジーナの住処を見つけると、ホウキに乗って静かにその家へ向かう。


 水晶球に今のジーナの様子を映すと、狭い部屋に月上がりが差し込んでいる風景が見える。どうやら屋根裏の部屋で寝ているようだった。


「あら、好都合。呼び出しやすいわ……王子、準備はいい?」


 セレネーの囁きに、カエルはうなずく代わりに目配せをした。


 いきなりやって来てカエルにキスしろと迫ったところで、相手にされないのは分かっている。

 普通ではないことを押し通すには、普通ではない演出が必要。


 セレネーは屋根裏部屋の窓を見つけて前まで行くと、腰に挿していた杖を手に取り、先端を窓へ向けた。


 キラキラと杖の先から生まれてくる光の粒が窓を通り抜け、ジーナの部屋へと入っていく。

 始めはまばらに輝くだけだったが、次第に光の粒同士が互いの輝きを受けて光を強めてく。それは昼間の光よりも大人しいものだが、満ちた月の光のように明るく神々しかった。


 バサッ! という布団を跳ね退けた音の後、「な、なにこれ……」という困惑の声が聞こえてくる。

 そして怯える気配を滲ませながら、光へ誘われるようにジーナが窓を開けてくれた。


「こんばんわ、お嬢さん。今日はいい夜ね」


 最初が肝心。セレネーは目を弧にして、出来る限り怖がらせないよう朗らかに笑った。


 少女のエメラルド色の瞳が点になり、わずかに身を引いた。


「わ、私、夢でも見てるのかしら? ホウキに乗って空を飛ぶ人なんて――」


「夢じゃないわよ。アタシは魔女……幸せを運ぶ魔女よ」


 そう言い切るとセレネーは窓辺へ近づき、ジーナに手を差し出す。

 手の平には、ちょこんと行儀よく座ったカエルがいた。


「このカエルはね、幸せのカエルなの。愛情を注げば注ぐほど、貴女に幸せが訪れるわ。家族思いでいつも頑張っている貴女にプレゼントするわ」


 ぽかんと小さな口を開けながら、ジーナは両手でカエルを受け取る。

 しばらくジーナと見つめ合った後、カエルは立ち上がってうやうやしく頭を下げた。


「初めまして。しばらく貴女の元でご厄介になります」


「ええっ! カエルが喋った……ウソ、信じられない」


 体を硬直させたジーナへ、セレネーは念を押すように破顔してみせる。


「カエルだからって粗末にしないでね。できる限り一緒にいれば、カエルの幸せが貴女に移って、より大きな幸せを手に入れる事ができるから……じゃあね。いっぱい幸せにおなりなさい」


 光の粒を生み続ける杖を一振りすると、セレネーはホウキを翻して夜空へと姿を消した。




 翌朝。起床してから宿の朝食を頬張り、お腹を満たした後、セレネーは部屋に戻って水晶球を手に取った。


「さあ、うまくやってるかしら王子」


 軽く目を閉じて、ゆっくりと呼吸しながら魔力を水晶球に注ぎ込んでいく。おもむろに目を開けば、水晶球は二人の様子を映し出していた。


 ジーナはすでに起床して、元気よく店の準備に取りかかっていた。彼女のエプロンのポケットには、人から見えないようにカエルが身を縮めて待機している。


(よしよし、まず第一弾は成功。やっぱり雰囲気作りは大切よね)


 好調な出だしにセレネーは笑顔でうなずく。しかしすぐに表情を引き締め、部屋の机に水晶球と魔法の杖を置いて椅子に座り、二人の姿を追い続ける。

 後はほったらかし、という訳にはいかない。これからが正念場だった。


 しばらく二人を見守っていると、ジーナが大きな貝を下ごしらえし始める。器用にナイフで殻を開け、中の身を取り出していく。


 セレネーは魔法の杖を水晶球へ向け、えいっ、と魔法をかける。

 すると次にジーナが開けた貝の中には、ほんのり青みがかった大きな真珠が入っていた。


 ジーナは「まあ!」と驚きの声を上げてから、「これもカエルさんのおかげかしら……」とつぶやいた。


 本当にカエルが幸せを運んでくれると思わせなくては、あっさり投げ捨てられる可能性が高い。この嘘を本当のように演出し、カエルと過ごす時間を増やし、心を通わせられる機会を作ることがセレネーの役目だった。


(世間知らずだし、元に戻ったらどんな顔かも知らないけど、中身は素直で優しいから、王子がどんな人間かっていうのが分かれば、あの娘の気持ちも動くと思うのよね)


 自分はあくまで王子の人柄を知ってもらうための機会と時間を作るだけ。そこから上手く結ばれて、呪いを解いてもらえるかどうかは王子次第。


 出来ればこの娘で終わりますようにと願いつつ、セレネーは魔法の杖を手にしながら、幸運を演出する機会を伺った。


 ジーナが買い物に出かければ、近所の人に野菜や果物をおすそ分けされ。

 仕事に勤しんでいれば、気前のいい客が「お釣りはいらないから」と余分に払ってくれたり、ジーナにチップを渡してくれたり。

 うっかりジーナがお皿を落としてしまい、それを割れないように魔法をかけようとしたが、いち早くカエルが床に降りて皿を受け止めてくれたり――受け身じゃない姿勢は感心するわねーと思いながら、セレネーは気分よく幸運を授けていった。




 幸運のカエルという名目でジーナにカエルを預けて一週間。あっという間にジーナはカエルに慣れ、人のいない所では楽しそうにお喋りをするようになっていた。


『ねえ、カエルさんってどこから来たの?』


『私は元々南西の国に住んでいました。訳あってあちこちを転々として安住の地を求めていたのですが、なかなか見つからず……それで魔女さんに相談をしたら、ジーナさんの所に行くと良いと言われたんです』


 ひとりと一匹は毎晩、夜空の月や星を見上げながら語り合うことが多かった。水晶球の前で大きなあくびをしながら、セレネーもその会話を聞いていた。


 最近はジーナからカエルのことをあれこれ聞くようになっている。興味を持ってくれているのは好都合だと微笑ましくセレネーが眺めていると、ジーナが不思議そうに首を傾げていた。


『どうして私の所が良いんだろ? カエルさんって幸運をもたらしてくれるんでしょ? きっとどこへ行っても喜ばれるだろうし、誰だって歓迎してくれると思うけれどなあ』


 素朴な質問にカエルがたじろぐ。あ、こういう時の言い訳を教えてなかったわね……と心の中でセレネーが謝っていると、どうにかカエルが返答する。なぜか遠い目をしながら。


『えっと……カエル、ですから。カエルというだけで嫌がられてしまうんです。ましてや喋るカエルなんて気味が悪いと……話しかけただけで木や地面に叩きつけられることなんて当たり前でしたから』


 ……ああ、そういう扱いを散々受けてきたのね。

 王子がカエルになってからの足跡が垣間見えて、セレネーは頭を抱えてため息をつく。おそらく全部お姫様から受けた仕打ちなのだろう。さすがに同情してしまう。


 ジーナもカエルを同情で潤んだ眼差しで見つめる。


『ひどい! こんなに優しくて良いカエルさんなのに……これからもずっとここに居てね。幸運がなくなっても気にしないから。私、カエルさんのこと好きだし……』


 水晶球が選んでくれた娘だけあって、カエルの中身をしっかり分かってくれていることが微笑ましくてセレネーは口元を緩める。きっとこのままいけば、カエルにキスをして呪いを解いてくれるに違いない――そんな手応えを感じていた。

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