本日、快晴
@cieroazul730
第1話 ついてないドルフィンライダー
2030年11月、俺、雨木雫(あまきしずく)に松島基地の第4航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスのパイロットとして辞令が下りた。
ブルーインパルスのパイロットとして内示が下りたのは、実は少し前、8月半ばに赴任していた青森県三沢基地での事だった。
301飛行隊でF-35に乗っていた。
F-35は2018年に三沢基地での運用が開始され、以降メインになる戦闘機として、各基地に配備されている。
だから自分が航空自衛隊にパイロットとして入隊した際には、それまで中心となって来たF-15は小松の戦術教導隊に残るのみで、ほぼ戦闘機のパイロットはF-35に搭乗していた。
今年は台風の影響で天候不良が多かったが、暑い日も続いた。
基地内は蝉の大合唱でうるさいくらいだ。
隊長から呼び出しを受けて、隊舎の休憩室に行くと、隊長は微妙な表情でパイプ椅子に座っていた。
俺が入って来たのを確認すると、目の前の椅子を勧めながら、座るのも待たずに話し始めた。
「お前、ブルーチームに希望出してたよな?」
「え?あ、まあ…」
「まあ、そうだよな。F-35乗ってて、今更T-4操縦してアクロやれってのはなかなか難しいよな」
「ですねぇ」
T-4はプロペラ機による初等訓練を終えたパイロットが訓練機として使うジェット機で、戦闘機のパイロットならば必ず通る道だ。
けれども実戦に使う機体の更新を急いだ為に、訓練機の操縦性能の更新まで開発が追い付かず、結果まるでシステムの違う機体で訓練してから、実機に搭乗するのが戦闘機パイロットの常となって来た。
そして──ミリタリーマニアからは、時代遅れと言われながらも、航空自衛隊が広報の為のアクロバット飛行隊に選んだ機体は、イメージ戦略からもT-4であった。
ブルーインパルスは都心部で飛行する機会もある事から、音の割合静かなT-4が選択されているのは、まあ間違ってはいないだろう。
隊長の話が何処に向かうのか分からず、仕方ないので適当に合わせて返事をしていた。
「だから初めからT-4乗ってるヤツをって事も上は考えたらしいんだが、広報の上がなんとしてもF系からと反対したらしくて。そこで南は那覇から、北は千歳まで聞いてみたんだが、なかなかいなかったらしくてなぁ。今の若いヤツって淡白だからさ。…もしかして入隊当時から希望を出してたお前なら、って上も考えてな」
「……」
「後で辞令が下るから、引き継ぎ頼むな。あ、後夏休み申請を出しておけよ。取ってないのお前だけだ」
まだ「はい」って言ってない。
こうして俺は松島基地の第11飛行隊に異動する事に決まった。
一応ブルーインパルスに乗ることは、幼い頃からの夢だった。
短い夏休みが決まると東京の実家に帰る前に、幼馴染の日山朱夏(ひやましゅか)にラインを送った。
朱夏とは幼い頃から同じ団地に住み、親同士が仲が良かった為、のちに両家が戸建てに引っ越しても家族ぐるみの付き合いは続いた。
小学校高学年から中学までは別々だったが、高校は自分が一年先輩で同じ高校に通っていた。
明るい性格の朱夏は大層モテた。
高校時代は幼馴染である事から、他の男子からの取り次ぎも随分した。
女子ウケも良かった為に、朱夏の周りはいつも賑やかだった。
だがその頃はまだ幼馴染の続きの、妹のような存在で、朱夏を異性として見た事はなかった。
そして入隊して三年経って、偶々実家の新年会に朱夏が来ていた時に驚いた。
──朱夏は綺麗になっていた。
大人になったと言うべきか。
なかなか嫁探しが難しい自衛隊隊員としては、この好条件を逃すのはどうかと思えた。
それでもそれから2年も経ってしまったが、朱夏にデートを申し込んだ。
朱夏は二つ返事で受けた。
デート当日、最初やはり良く知った者同士の気恥ずかしさから、微妙な空気が流れていた。だが映画を見終わって、日比谷公園を散策する頃には、二人ともいつものように会話をするようになり、腕は組まないまでも、手を繋いで歩いた。
予約したレストランでも会話は弾み、最初のデートだから、そこまでは全く期待していなかったものの、26歳と25歳のきちんとした大人のデートをした。
だから、まさかラインの返信があのような返事になる事は予想していなかった。
自分なりに2回目のデートのコースを考え、提案した。
その返信がこれだった。
「本当にごめんなさい。雫ちゃんとはどうしてもそういう気持ちになれなくて」
クロネコがごめんなさいをしているスタンプも、添えられている。
一度目から断わられるなら分かる。
けれど2回目からって言うのはどう言う事だろう。
声を大にして聞きたい事があったが、男としてのプライドと言うか、考えれば考える程口に出すのが躊躇われる理由しか思いつかない事もあり、何も言えなかった。
ブルーインパルスは子供の頃からの夢だった。朱夏もその事は知っていた。一番に知らせるつもりだったが知らせるタイミングを失った。
夏休みは東京の実家に帰京せず、一人で過ごした。
第11飛行隊への異動は入間基地航空祭が終わった11月の中旬になった。
この時期は航空祭オンパレードで、ブルーチームは一番の繁忙期だ。
だからパンフレットを配ったり、サインの列にお客様を並ぶよう誘導したりと、ブルーチーム独特の、あの青い制服を着てキーパーやスタッフと一緒にこなした。
だから歓迎会が行われたのは12月、美ら海エアフェスタが終わってからで、自分より後から異動して来た整備士──三等空曹の皐月由奈(さつきゆな)の歓迎会と忘年会とまとめて行われたのだった。
一応主賓との事で皐月由奈とは隣同士の席だった。
皐月三曹はドルフィンキーパーとしては珍しい女性だった。今のブルーチームの中では女性クルーはたった一人だ。
小柄で少々頼りなく感じる程細く、顔立ちはなかなか綺麗だった。
しかし──である。
せっかくの歓迎会なのだから、少しくらい笑っても良いのに、全く笑顔にならない。どちらかと言うと厳しい表情だ。
なんだろう、何か身内に不幸でもあったのに、松島に赴任になったのだろうか。
それともこの異動が不服だとか。
ーーそれは、あり得ないことじゃない。何だかんだ言ってもこの第11飛行隊は男所帯だった。スタッフに女性が無い訳ではないが、少ない。
だから隊員側としては歓迎なのだけど、異動する本人には色々な気遣いがあるのかもしれない。
そう思って、じゃあせめて場に馴染めるよう、雰囲気だけでも良くしておこうと声をかけてみようと、隣を見てみたら、先に皐月三曹がこちらを見ていた。
「雨木二尉の事は良く噂で伺っていました。きたいを無駄にしないパイロットだって。今後もそれに期待します。わたし、父もドルフィンキーパーだったので、子供の頃からの夢だったので、ブルーは憧れの飛行機なんです」
キッパリと言い切り口調で言い切ると、またそっぽを向いてしまった。
いや……俺だって、子供の頃からの夢だった。一応。
「きたい」を無駄にしない。
期待?機体?
どっちだ?
厳しい表情の横顔にとても突っ込める自信はない。
ため息が出た。
年の瀬が近づいて来た頃、総括班長から何故か呼び出された。
総括班長はこのパイロット業界では変わった経歴の持ち主として、有名だった。
2年程某有名国立大学に通っていたのだが、突然防大に入学し直し、戦闘機のパイロットになった。
だからなのか、割と柔らかな雰囲気のある人で気さくな人柄で慕われていた。
GOTOHと書かれたネームタグが付いたフライトジャケットを机の上に放り出し、話し始めた。
「お前、TACネームRAINだよな?」
「はい、苗字が雨木と書いて『あま』き、なので」
後藤二佐総括班長は、うーんと頭を掻いた。
TACネームとはパイロットに付く簡易的なアダ名で、英語ないしは英語っぽい名前が付くことが多い。
「あのな、今年の航空祭、多くが雨とか曇りだった訳」
「はぁ…」
「ブルーインパルスってさ、雨降ると出番ない訳」
「ですね」
「雨木、お前さもう一個TACネームあるって噂聞いたけど」
「はい、三沢にいた時米軍の第14戦闘飛行隊の隊長に可愛がって頂きまして、名前から付けて頂きました」
「どんな名前だ?」
「Dropです」
「──」
後藤二佐は黙り込んでしまった。
確かに晴れないと活躍の場がないブルーインパルスにRAIN=雨は縁起が悪い。
しかし仮にも飛行機の部隊にDrop=落ちるはもっとマズい。
「米軍のお偉方が付けたんじゃ、逆らえないよな」
いかにも同情的な眼差しで俺を見て、後藤二佐は言った。
「うん──まあ、RAINで行こうか。レインフォールって技もあるし。お前東京行ったら気象神社で、お祓いでも受けて来い」
「……」
今年の航空祭の天候不良は、まだ異動してないんだから俺のせいじゃない。
そう言いたいところだが、総括班長の立場からすると少しでも運を良くしておきたいが為の、必死の発言だ。
10年程前、隊員募集の為広報室や各基地渉外室が必死の宣伝をしたせいか、航空祭の認知度が上がり、航空祭が晴れた年の基地周りの地域の経済は晴れない時に比べて50%増しとも言われていた。
それ故に航空祭でブルーが飛ぶか否か──はなかなかシビアな問題なのだ。
正直、航空自衛隊の一番の敵は某国とかじゃなくて、お天気なんじゃないかと感じる程である。
何度も言う。
ブルーインパルスのパイロットになる事は子供の頃からの夢だった。
父は航空写真や野生動物を撮影するのが趣味で、俺が5歳の時に入間基地航空祭に連れて行ってくれた。
やっぱり航空祭の花形ブルーインパルスは幼心にカッコ良くて、無事パイロットになり、もうブルーに使用される機体T-4は前時代の機体だと知っても、尚且つ憧れではあった。
しかし、夢が叶った筈なのに、この「ついてない」感じはなんだろう。
3年間過ごす、白地に青いラインの隊舎が何だか切なく見えた程、がっくりと感じた気持ちは大きかった。
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