上官のイノベーション

第103話 限界、ソリューション

 帝国軍との共同演習中に急に調子が悪くなったリムニルを、ガリアはチョップ一発で直した。

「流石ですガリアさん!」

 すかさずシデナが太鼓を持つ。彼はガリアに憧れているため、何かにつけて持ち上げてくる。

 ガリアは精神構造が単純なので褒められれば悪い気はしない。……が、組織人としての自覚は徐々に芽生えてきていた。部下にヨイショされている上官だと他所の人間に思われるのは対面が悪い。身内だけなら構わないが、相手は帝国の士官なのだ。内輪だけで称え合うような組織だと思われたくない。

 機体から飛び降りたガリアは、シデナの肩をポンと叩いて言った。

「少し黙ってろ」

「あっ。……はい、すいません……」

 ガリアの意図を察していないのだろう。彼はただただ肩を落とす。言い方が悪かったのだろうか。しかし今はフォローしている暇もない。

「姉ちゃ……キルビス、編隊を移動させてくれ」

「了解」

 イメージ戦略は重要だ。メライア曰く、ある程度高い地位に親族が固まっていると身内人事を疑われていい印象を持たれないらしい。実力で見返すのも短時間ではなかなか難しいので、演習の間は伏せておいた方が懸命と言われていた。

「なんだ、あんたら姉弟なのか?」

 だが、耳の聡い将校にバレてしまう。ガリアは苦笑してみせた。

「ええ、いろいろあって……」

 答えてから失敗に気づく。これではコネを誤魔化しているようにしか聞こえないではないか。

 将校は大仰に笑ってみせた。

「そうかそうか。まあ、頑張れよ」

 言葉選びこそ優しいが、その言い方にはほんの小さな棘がある。要するに嫌味だ。

 他所の人間はノリが違うのでどうにも調子が狂う。バンパニア人が脳天気だと言われる理由が何となくわかる気がした。いい加減な国民性に感謝だ。

「隊長さん! ボサッとしてると踏み潰すぞ!」

 巨大な影とともに、上空から声が降り注ぐ。自らの五倍ほどの体躯を持った巨人に見下され、ガリアは叫び返した。

「これは失礼!」

 急いで立ち退くと、帝国軍の練習用VM――バナリウスが隊列を組んでやってくる。王国軍のリムニルと立ち並び、それぞれが練習用の武装を構えた。

 午前中最後の試合だ。意外なことに、今回は王国軍がリードしていた。帝国側も、面子を賭けてそろそろ潰しに来るだろう。ここが肝要だ。

 指揮官機であるドライベリアルに乗り込み、ガリアは檄を飛ばす。

「これで午前中も終わる。今日の調子ならこのまま勝ち越せるだろう! 今回は第三フォーメイションでいく。中央は遅れるなよ!」

「イエス、ナイト!」

「それじゃあ作戦開始だ!」

 散開するリムニル。ガリアは指揮官機特有の魔探儀を指でなぞる。天球儀に似た形をしたそれは、指揮下にある機体の位置を立体的に捉えることができるように開発されたものだ。性能は共和国製が頭一つ抜けているが、バンパニア軍では技術開発のために国内製のものを積極的に使用している。

「さあ、ぶつかるぞ……」

 互いに展開した部隊が接触し、戦端が開かれた。このフォーメイションは序盤が重要だ。戦局を見て、細かく指示を飛ばす。各位からの報告を受け、伝動装置はひっきりなしに叫んでいる。

「俺もそろそろ動かないとな」

 狙撃用の銃を構え、ポイントへと向かう。長距離支援だ。伏せ撃ちの格好で、砲身を敵の前線に向ける。

「雑に撃つぜ!」

 ガリアの腕だと命中精度はあまり良くない。戦線をかき回すため、その銃口が火を噴いた。



 なんとか勝ち越して昼休憩へ。各々が好き勝手に食事を摂る中で、帝国の技術者が面白いものを持ってきた。

「今回はちょっとすごいもの作っちゃったんで、王国軍でもどうかと思いましてね」

 技術者の男――名札にはジャックスと書いてある――はそう言うと、台車に載せて巨大な箱を持ってくる。持ち上げるのには少し苦労しそうな代物だ。VM用の装備だろう。

 謎の装置を舐め回すように観察してから、ガリアは言った。

「なんだこれは。さっぱりわからん」

 すると、ジャックスは得意げに言う。

「これは連続して使用できる煙幕発生装置です」

 わらわらと集まってきた兵達が一様に驚く。ガリアも同じ反応だ。基本的に、煙幕を張るために使う機材は使い捨てか、あるいは一度使うと薬液を再充填するまで使えなくなる。

 リアクションに気を良くしたのだろう。ジャックスは大仰な身振り手振りを交えて解説を始める。

「細かい原理は割愛しますが、これは空気中の水分を利用して全自動で再充填を行います。インターバルは三十秒ほどで――」

 具体的な仕組みはよくわからなかったが、褒め続けていたら実演してくれることになった。既に食事を終えた兵士も多く、かなりの人数が集まっている。群衆に言い聞かせるようジャックスは言う。

「それでは皆様! 実際に煙幕を発生させてみましょう! いきますよ! 三、ニ――」

 大げさなカウントダウン。

「一、それ!」

 声と共に、信じられない領の煙幕が訓練場を包み込んだ。おびただしいほどに濃い霧が、その場に居る全員の視界を遮る。

 面白がって見物していたものはまだいい。なにも知らずに巻き込まれた兵達は悲惨だ。突然の出来事に悲鳴を上げたり逃げ惑ったりと大惨事。

 しかし帝国軍は慣れたもので、すぐに統率を取り戻し、煙幕の外へと脱出する。ガリアも負けてはいられなかった。

「事故が起きた!全員避難だ! 俺の指示に従え!!」

 みなさんが落ち着くまでに三分かかりました。実戦だったら全滅でしたね。今後の課題としておきましょう。

 とはいえなんとか避難はできた。少し離れたところで帝国軍と合流し、煙幕が晴れるのを待つ。

 そんな折、いつのまにやら隣に居たシデナがこう言った。

「あんな状況からまとめ上げてしまうなんて、やっぱりガリアさんは凄い……」

 むしろこれぐらいできなければ問題だ。それに手際では帝国軍に惨敗している。模擬戦で勝ててもこれでは意味がない。

「模擬戦でも勝ってるし、尊敬します」

 それに今は帝国軍が見ている。周囲の視線が痛い。ガリアは強めの口調で二度目となる指導を行う。

「だからそういうのやめろって言ってんだろ」

「!!」

 苛立ちが漏れ出し、かなりきつい言い方になった。途端にシデナは縮こまり、おずおずと頭を下げる。

「あっ……す、すいません……」

 それから踵を返し、そそくさと立ち去ってしまった。収まりの悪さを感じるガリアに、今度はキルビスが声を掛ける。

「ガリア、さっきのはないんじゃない?」

「え? でもよ……」

 食い下がるガリアに、彼女はビシッと指を立ててこう言った。

「指導する時は、理由を明確にすること。あれじゃなんで怒られたのかわからないよ」

「あっ」

 そうだ。確かにガリアは理由を一度も告げていない。シデナも学習できないわけだ。

「ちゃんと謝りなよ。後に響くから」

「……そうだな」

 ガリアの返事に満足したのか、彼女は立ち去った。

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