未来に夢を
第91話 彼女の事情
嵐のような出来事から数日。バンパニアは再び平穏を取り戻していた。
いつもと変わらない日常。……いや、ただ一つだけ、変わったことがある。
彼女――ソフィアの存在だ。
ガリアと共に災魔と戦い抜いた彼女は、急にこんな事を言い始めた。
「あんたに興味が湧いた。家政婦……メイドって言うんだっけ? ま、なんでもいっか。あたしのこと雇ってよ」
どうやらトフンガーを交えて思考を共有した結果、ガリアの過去を垣間見たらしい。それで、興味が湧いて近くで生活してみたくなったのだとか。
騎士の給与は非常に高い(市場に積極的に金を落とし経済の活性化を図るのが狙い)のだ。ちょうど彼女の働き口について検討されていたこともあり、お上も猛プッシュ。トントン拍子でガリアのメイドとして雇うことになってしまった。またしても部屋にベッドが増える。いつもの流れでメライアが反対するかとも思ったのだが、そんなことはなかった。不平一つ漏らしていない。
彼女の働きぶりを数日間眺めた結果、ガリアはとある結論に辿り着いた。
「洗濯と部屋の掃除しか仕事ねえじゃねえか」
これが一軒家でも建っていれば人一人雇う価値もあると思うのだが、生憎ガリアの部屋は宿舎の一室。そのうえソフィアの寝床でもあるため、考えようによっては洗濯以外に仕事をしていないことになる。
彼女は口をとがらせた。
「ご飯作ってあげるって言ってんのに、いつも外で食べてきちゃうじゃん」
「そりゃ習慣とか付き合いとかあるし」
「だからあたしは悪くない」
こんな調子だ。こちらから歩み寄る必要があるだろう。今度夜食でも用意してもらうか。
彼女との戯れはさておき、ガリアはドックへと向かった。今日はトフンガーの封印式が執り行われる。リヴァイアサンとレヴィアタンを用いて修繕されたトフンガーは、次の国難に備えて再び城の奥で眠りに就くのだ。
式典とはいえうちわ向けのごくごく簡易なもの。装者の立場として一言二言挨拶し、他は司会進行のメライアに任せる。考え事をしていたらあっという間に終わった。
昼過ぎにメライアから仕事を頼まれていたが、まだ時間がある。ガリアは予定を変更し、自前のタスクを消化することにした。
第四格納庫。余っていたところをキルビスが借り受けたのだ。彼女にはレギンレイヴ改修用に竜の素材調達を頼まれているのだが、今回は別件である。
ここに居る知人に会いに来た。
今はなき双眸の輝き。人間の手により詳らかにされた威容は、死してなお覆ることがない。
鉄甲竜ネマトーダ。その遺骸が、ここには運び込まれていた。
一度は敵として、二度目は味方として。二回に渡り立ち並んだその巨竜に、ガリアは一方的ではあるものの友愛に近いものを感じていた。だからその遺骸が弄ばれることに少し抵抗がある。
新たなトルネードクラスを建造するなら、それはそれで構わない。新たな剣として生まれ変わるのなら、その威厳が辱められることはないからだ。
しかし、ネマトーダからは心臓が失われていた。
それはすなわち魔力の核。コアとなるものだ。トルネードクラスを制御するための魔力は、そんじょそこらの竜の心臓では賄うことができない。よって、ネマトーダの遺骸を持ち込んだところで大きな成果は望めなかった。
「姉ちゃん、ちょっといいか?」
ガリアが話しかけると、キルビスは嬉しそうに首を傾げる。
「ガリアがこっち来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「いや、そのな……ネマトーダは、もう眠らせてやらないか?」
「えっどうしたの急に」
心底意外だったのだろう。彼女は目を丸くした。こうも驚かれると言葉にしにくい。
「いや……その……ちょっと、愛着が……」
「愛着? ああ、そういう……」
少ない言葉からでも感じ取れるものがアッたのか、彼女は小さく頷いた。
「まあ、そういうことなら、ちょうどいいんじゃない?」
しかし、急に絶望を糧に儀式を執り行うネクロマンサーじみたことを言い出す。ガリアが身構えると、彼女は誤解を解くように腕を振った。
「ああ、違うの。そうじゃないくて。そうだよね。ガリアは
耳に覚えのある単語であったが、詳しいことは思い出せない。続きを促すようにガリアは頷く。
「単刀直入に言うと、ドラクリアンはトルネードクラスのコアとして開発されたんだ。それで最終的に世界を支配するのが目的。でもそう簡単に災魔の素材は手に入らない。だから複数の魔物を組み合わせて枠組みを作って、そこにドラクリアンをコアとしてハメ込む」
両親の生涯をかけた野望を、しかし彼女はそっけなく言い放つ。正気を欠いた戯言など、心底どうでもいいのだろう。
「だから二人はドラクリアンを狙ってたみたいなんだけど……あの様子だと、計画は変更になったみたいだね。多分それは、ネマトーダの心臓だと思う。もうお膳立ては整ったんだ。でも、それならこっちにも考えがある」
言うなり彼女はネマトーダの巨体を見上げた。
「こっちは身体を使わせてもらう」
「……そうか……なるほど……」
それならば、確かにちょうどいい。
「まあ、どうせ時間かかるからしばらく待ってて」
「わかった」
悩みのタネが晴れたところで昼食。サクッと済ませてメライアのところへ。
「仕事を頼みたいんだ」
最近、メライアから振られる仕事の重要度が上がってきていた。それだけ信頼を積み上げてきた……ということだろう。
今回頼まれたのは、
「蟲竜の厄介なところは、数を増やすと個体の強さが増強されることだ」
周囲の魔力との同調。それが蟲竜の特性。加えてその繁殖力には恐ろしいものがあり、発見次第すぐに討伐しなければあっという間に街を覆い尽くされ手が出せなくなってしまう。太古の昔にはそれで滅んだ国もあるのだそうで。
「幸い、群れなければそこまで強くはならない。普段ならば私一人でやっていることだ。一応今回はマリエッタをつける。それと新兵の訓練も併せて行う予定だ」
「なるほど。俺はマリエッタに指示を仰げばいいんだな」
するとメライアは、ガリアをビシッと指さして言った。
「今回の指揮官は君だ」
「えっ、俺なのか!?」
「そうだ。君だ」
冗談で言われているわけではない。彼女は至って真面目だ。
「君には、遊撃隊と国境防衛隊の新人、それとマリエッタを率いて蟲竜の討伐作戦を行ってもらう」
マリエッタを補助で付けられているとはいえ、いきなり指揮官とは。
「俺を買いかぶり過ぎじゃないのか?」
出会って間もない頃、彼女はしょっちゅうガリアの力量を高く見積もりすぎていた。ここ最近はかなり改善していたのだが、また露見してしまうとは。
しかし彼女はこう言うのだ。
「そんなことはない。それに、これは必要なことだ」
「その心は?」
ガリアの問いに、彼女はわずかに目を伏せるのだった。
「……まあ、そのうち話すよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます