第79話 一人三役の男
ガリアⅢの身体に入ったガリアⅠは、ガリアの間の抜けた表情を見るなり高笑いする。
「そんな顔すんなよな~。せっかくまた会えたって言うのによお。それに、ここに来たのは俺だけじゃねえんだぜ」
彼はそう言うと、仮面の端を軽く小突く。それがなにを意味しているのか、ガリアは理解してしまった。
「まさか、そんな!」
「ええ。ご期待通り、私も蘇りました」
ああ、なんてことだ。
ガリアⅠとアリアが、ガリアⅢの身体に同居してしまった。
「そして俺も消えてない」
どうやら消えずに残っていたらしい本人までもが顔を出す。眼の前で繰り広げられる不思議な同居生活に、ガリアは開いた口が塞がらなかった。
「ガリア! マリーはどうした!?」
「あっやべ」
メライアの言葉で我に返ったガリアは、慌ててマリーの元へと駆け寄る。胸に手を当て鼓動を確認。心臓は動いているし、息もある。命に別状はないようだ。
再び一人三役に目をやる。どうやら身体の主導権について争っているらしく、それぞれが勝手に身振り手振りを交えて激しく主張していた。
「ここはファーストナンバーである俺がまとめるべきだ。お前達は引っ込んでろ」
「いやこうなったら持ち主の俺が仕切るのが筋ってもんだろ」
「しかし当初の予定では私が使うはずだった肉体です。ガリア、あなたはどう思いますか?」
「俺に振るなよ」
急に振られたガリアは、しかし馬鹿正直に答えてしまう。
「まあ、好き勝手やれば良いんじゃねえの? どうせ似たようなこと考えてるんだろうし」
「おい、なに真面目に答えてるんだ」
いつの間にやら隣りにいたメライアに肘打ちされてしまった。しかしもう遅い。三役は気味の悪い笑みを浮かべ、じっとりとした視線をガリアへと向ける。
「なるほど、それは名案ですね。では手始めに、ガリアの数を減らすとしましょう」
「そうだな。覚悟してろよガリアゼロ」
「死に晒せやァ!!」
勝手に納得した三役は、細身の剣を抜き放ってガリアに飛びかかってきた。反応の遅れたガリアを庇うように、メライアが短剣を携え飛び出す。
「本人が相手じゃやり辛いだろ。私が相手になってやる」
得物の差があったところで、メライアの技量は覆せなかった。短剣を器用に操り、射程に勝る三役をぐいぐいと押し返す。円を交えた美しい動き。彼女に学ぶことは多い。
しかし三役は不敵に笑う。大きく口の端を吊り上げて、自らの仮面に手をかける。
「メライア、あなたは部下の一人であるガリアにかなり入れ込んでいたようですね」
「だからどうした」
「では、こういった趣向はどうでしょうか」
言葉と共に引き剥がされた仮面の下は、当たり前だがガリアと同じ顔だった。メライアの手が止まる。
「貴様、卑怯な!!」
「卑怯もナッツも大好物だ!!」
しかし隙ができたのはメライアだけではない。動きの止まった三役を、ガリアは背後から強襲した。
「死ねやボケが!!」
こっそり背後に回り込んでいたのだが、すんでのところで避けられてしまう。ガリアが舌打ちすると、三役は楽しそうに笑った。わざとやっているのか、随分と癪に障る笑い方だ。
「そうだよな! こうでなくっちゃな!」
楽しそうな所悪いが、ガリアにはひとつ引っかかる部分がある。もう一度剣を構えつつ、訊ねた。
「おい。俺は殺せないんじゃなかったのか?」
すると、三役はまたしても笑い始める。笑い上戸なのだろうか。いじやけたガリアが斬りかかろうとすると、彼は片手を前に出して制止した。
「まあ待て。ガリアのよしみで教えてやろう。お前とドラクリアンは、もう用済みになったんだ」
「そもそも俺は何の用があったのか知らないんだがな」
「それはいずれわかる。ヒントはトルネードクラス……ってところだな」
「わかった。じゃあ死ね」
ガリアの不意打ちを、またしても三役は回避する。やはり思考が似通っているのだろうか。何度も打ち合いを繰り返すが、お互いに攻撃が当たらない。
三役もそれを悟ったのだろう。大きく飛び
「お前とやりあっても千日手になりそうだ。なら俺は目的を果たすぜ!!」
ディプダーデンが組み合っていたブラック・ガヴァーナを突き飛ばし、そそくさと三役の元へと向かう。素早く乗り込んだ三役は、ネクロマンサーを抱えあげるとあろうことか洞穴の壁をブチ破った。這い出す直前にガリアへと向き直り、いやみったらしく告げる。
「早く逃げないと潰れて死んじまうぜ!!」
滅茶苦茶な奴だ。ガリアは舌打ちし、マリーを抱えてブラック・ガヴァーナの陰に隠れる。メライアも似たようなことを考えていたらしく、崩落する天井から逃げるように駆け寄ってきた。キルビスも応じるように機体を動かす。完璧なフォーメーションだ。
案の定崩れる洞穴。姉が居なければ即死だった。
キルビスが岩を掻き分けるのを待っていると、メライアがこちらを見ていることに気づく。
「どうした」
言葉を促すと、彼女は恥ずかしそうに頬をかきながら言う。
「いや、君……凄いな。なんというか、流石だよ」
急に褒められるのも悪くはないが、なにを褒められたのかがわからないと素直に喜べないものだ。ドギツい皮肉かもしれないし。
「なにがだよ」
ガリアが訊ねると、メライアは言葉を選ぶように言った。
「いやー……私ですら、君の顔をしたあいつを斬ることができなかったのに、君は……本当、凄いなって」
「あんなん斬れない方がおかしいんだ」
あっけらかんと言ったガリアに、メライアは取り繕うように言う。
「わ、私は君がすき……だらけで……じゃない。その、別人だとわかっていても、大切な部下の顔を斬るのは、なんだか気が進まなくてな……」
それは彼女の優しさの現れなのだろうか。得も言われぬむず痒さを感じたガリアは、咳払いしてから話題を変えるように言う。
「まあ、あれだよ。自分の顔ってそんないつも見るようなもんじゃないからな。案外気になんないもんだよ」
しかし隙を見せてしまったらしい。メライアに小突かれてしまう。
「君はもう少し鏡を見ろ。朝くらい身だしなみを整えるんだ」
「うぐ……」
言い返せない。身だしなみを整えることは国に仕える騎士の最低条件だと、様々な書籍に書いてある。しかしガリアは未だにスラム暮らしが抜けていないのか、はたまた横着なだけなのか、手探りで寝癖だけ直してそれで終わりにしてしまう。
「自分でやるのが苦手なら私が見てやる。だから、もう少し気を遣え」
「わかったよ……」
そんな話をしていると、上からキルビスの不満気な声が振ってきた。
「あのさー。
すいませんねえ!
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