第61話 なりたい自分になってもいい
ガリアの尽力により、マリエッタは無事に七色水晶を手に入れることができた。
二人が白に戻ると、見知った顔が出迎えに来る。竜の巣での出来事を知らない二人の表情は、死線をくぐり抜けたガリアの目には少々呑気に映った。
「二人とも、おっかえり~」
相変わらずテンションの高いマジータちゃんは、マリエッタの腕に包まれたものを見て感嘆の声を漏らす。
「ほぉ~う、これが採れたてホヤホヤの七色水晶……余ってたら貰おうかと思ったけど、なかなか大変だったみたいだね」
「大変どころの騒ぎじゃねえよ」
むくれるように言ったガリアに、メライアは優しい視線を向ける。しかし今日はその視線になにか邪なものを感じた。
「おかえり、ガリア」
ガリアの疑念に気づいているのかいないのか、マリエッタそっちのけでメライアは身をくねらせる。しばし逡巡するように天井を見上げてから、マジータちゃんに脇腹を突かれ観念したように口を開く。
「その、なんだ……一通り終わったら、私の部屋に……来て、くれないか?」
改めてなんの用事だろうか。ここで言えないのなら、新しい作戦についてかもしれない。とはいえ、それだとマジータちゃんの行動に説明がつかないのだが。
「ガリア。よく頑張ってくれましたね」
マリエッタの言葉に、ガリアは大きく胸を張った。
「おうよ。俺もなかなか捨てたもんじゃないだろ?」
「ええ、そうですね――」
不意に、頬に柔らかなものが触れた。これはおっぱいでも太腿の肉でもない。
マリエッタが、ガリアの頬に口づけたのだ。頬が熱い。体の内側から湧き出した熱に浮かされながら、格好つける余裕もなくただただ彼女の言葉に耳を傾ける。
「あなたのこと……少し、見直しました」
気負いのない、先程の口づけにも負けないぐらい柔らかな笑顔。なにか憑き物が落ちたかのように、彼女は言う。
「これからも、危ない時は頼らせていただきますわ」
そんなやり取りを見ていたメライアは、先ほどとは打って変わって眉とご機嫌を斜めにしていた。
「やっぱりさっきのはナシだ」
彼女の意図が読めない。ガリアが首をかしげると、ふいっと顔をそむけてしまう。
「き、君は本当に私のことが好きなのか?」
唐突な爆弾発言に、マリエッタはギョッとしてガリアとメライアを交互に見やる。マジータちゃんはニコニコしたままなので、恐らく事情を知っているのだろう。トンデモ情報網だ。
この状況でどう答えるべきか。ガリアが迷っていると、違う人物が現れた。
「マリエッタ!」
ベルモンデだ。あれから帰らず城で待機していたらしい。彼女はマリエッタに駆け寄ると、あちこち見回しながらベタベタと身体を触る。最初はレズなのかとも思ったが、どうやら怪我がないか確認しているだけのようだ。
それから少しして娘の白けた瞳に気づいたのか、小さく咳払いして話題をすり替えた。
「……騎士様。七色水晶を採掘してくださったのですね」
受け取った水晶をまじまじと眺め、間違いないとばかりに大きく頷く。それからガリアに視線を向けて、熱のこもった声を出す。
「……わたくしにも、かつて夢がありました。演武よりも、やりたいと思えた……それでもわたくしは、家業を継ぐことを選びました。それが、わたくしが一番輝ける場所であったからです」
自分語りが始まったぞ。
「もちろん、今の人生には満足していますし、あの日の選択を後悔するつもりもありません。ですが……娘がどうするか、そればかりが気がかりでした」
それから彼女は瞑目し、感慨深そうに言う。
「ですが、これでようやくはっきりしました。これだけの情熱を持っていれば娘は夢に向かって進むことができる。それに、このような殿方が居ればこの先安泰でしょう」
水晶を丁寧に手提げ鞄へしまうと、空いた両の手でガリアの手を取った。
「ガリアさん……娘を、どうかよろしくお願いしますね」
凍りつく空気。冷えに冷えた空間の中で確かな熱を放つマリエッタと、対象的に吹雪をまとうメライア。少し離れたところでマジータちゃんが 「話がこじれる……」 と呟いた。
どれぐらいそうしていただろうか。
ようやく落ち着きを取り戻したマリエッタが、頬を赤く染めたままガリアとベルモンデの間に割って入る。
「お、お母様! そういったお話は他所でお願い致しますわ!」
しかしベルモンデは食い下がる。握ったがリアの手を離さないまま、熱のこもった言葉を放ち続けるのだ。
「マリエッタ。機を逃してはいけませんよ。殿方は一度離したらどこへ行ってしまうかわかりません」
「わ、わたくしもまだ決めたわけでは……」
「いいですか。パートナーは頼れる相手を選びなさい。あなたはすぐ抱え込んでしまうから、心配で心配で」
「お母様!!」
どうすればいいのかわからない。気がついたら外堀が埋められていた。
メライアが鼻をすすりながら言う。
「ガリア……本当に私が好きなんだよな……」
だったらどうなんだよ。……とは、流石に言えない。どうして一方通行の好意を何度も確認されなきゃいけないんだ。内心の苛立ちを隠しながら、オブラートに包んで言う。
「今はそういう話じゃないだろ」
メライアが涙目になっている横で、ベルモンデは一人盛り上がっていた。
「皆様方、ガリアさんの雄姿をご覧になってください」
鞄から取り出された薄い金属板には、なんとネマトーダとドラクリアンの姿が映し出されている。マジータちゃんがそれを見て 「
「災魔と正面から組み合うだなんて、なかなかできることではありませんわ!!」
ガリアの行動をベルモンでは言葉の限りに称賛した。それほどのことでも……あるな。
いつの間にやら鑑賞会モードに突入している。繰り返し再生されるドラクリアンとネマトーダの一騎打ち。先程まで涙目であったはずのメライアですら真剣な表情で見入っていた。なんだか照れる。
様々な問題が有耶無耶になったまま、お祭りムードに突入した会合は曖昧な流れでお開きとなった。
※
以前からドラクリアンに抱いていた疑念が、ここに来て表面化した。
機体の性能が尋常ではないのだ。
グローズビームの頃からなんとなく感じていたことだが、ドラクリアンは強すぎる。その身に余る出力は、あまりにもドラゴンクラス離れしているのだ。
とは言え、機体の特性によってあのように強力なビームを放つドラゴンクラスは少なくない。素材となった魔物の正体は開発者の更迭と共に闇に葬られてしまったが、並大抵の存在でないことは確かだ。
しかし、それにしたって限度がある。
ネマトーダの攻撃を受け止めてしまったのだから。
災魔というものは、トルネードクラスの吸血甲冑をもってしてようやく互角に渡り合える相手なのだ。通常、ドラゴンクラスであればどれだけ上手くやってもあっという間に蹴散らされてしまうだろう。
しかし、そうはならなかった。ならなかったのだ。
ドラクリアンはネマトーダの攻撃を受け止め、あまつさえ反撃に転じてしまった。ガリアが無事であったことはなによりだが、それ以上にドラクリアンの異質さが際立つ。
あの機体にはなにかがある。
メライアは確信していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます