第60話 夢の呪い
少し明るくなったところで、今日の作戦を開始する。今回の行軍の本題だ。
ルートは事前に打ち合わせたとおり。ネマトーダの警戒範囲の外で、かつ退避のしやすい場所だ。複数の採掘ポイントを経由し、再び安全地帯に退避する。
それともう一点。
温厚なネマトーダは、たとえ縄張りに竜以外が侵入しても、追い出すだけで殺生はしないらしい。竜だけはなぜか容赦なく殺すようだが。
「ドラゴンクラスは危ないんじゃないのか?」
ガリアが訊ねると、マリエッタはあっさりと答える。
「これはもう死んでいるので相手にされませんわ」
なるほど。
理屈に納得がいったところで、作戦開始だ。最新の注意を払い霧の中を進んでいく。
安全なルートはある程度確立されていた。いかにネマトーダといえど、巣の全域を常に監視できるわけではない。大まかな行動パターンは時間帯ごとに分析されているのだが、朝方のルートが最も効率的だ。
肝要なのは、ギリギリまで出力を落とすこと。ドラゴンクラスの出力では通常運行でも気づかれてしまう場合があるらしい。特にドラクリアンは集中力が高いので気をつけなければならなかった。
霧の奥に山のような影が見える。
「あれがネマトーダですわ。方角を意識して、必要以上に近づかないように」
鋼鉄の足はゆっくりと進んでいく。日が暮れてしまいそうな牛歩だが、幸いなことに歩幅が広いため徒歩よりは遥かに早く進んだ。
「そろそろポイントか?」
「ですわね」
最初の採掘ポイントだ。七色水晶は竜の魔力を受けたなんらかの結晶が長い時間をかけて変質したものなので、必ずそこにあるとは限らない。
スカルモールドがその器用な指で浅く土を掘り返す。そこには――変質前の結晶しかなかった。ここははずれだ。
「そう簡単には行きませんわね。次へ行きましょう」
もとよりここで見つかるとは思っていなかったのだろう。マリエッタはあくまで冷静に言う。そう、まだまだ採掘は始まったばかりだ。
朝一番に来た甲斐あって、かなりの数の採掘ポイントを巡ることができる。移動しては穴を掘り、移動しては穴を掘り……しかし、七色水晶に出会うことはなかった。それどころか、先に掘り起こされていたポイントすらある。先客が居たようだ。
「これが最後ですわ」
マリエッタの声には緊張の色が濃く染み出している。これまで積み重ねてきたものの命運が、この土の下に隠れているものの正体で決まってしまう。
尋常ではないプレッシャーから、指の動きが遅くなる。ガリアはそれを見守ることしかできない。邪魔をしたら、なにもかもが無駄になってしまう気がしたから。
スカルモールドの指が、白いなにかを掘り当てた。
「……はずれ、ですわ」
終わった。
終わってしまった。
崩れ落ちることもなく、ただただその場で項垂れているスカルモールド。その姿を見ていられなくなったガリアは、なんとしてでもこの状況を打開するべく思考を巡らせる。
まだ採掘ポイント全てを掘り尽くしたわけではない。だが、残った場所はすべて危険地帯中の危険地帯。ネマトーダに気づかれれば、死なないとはいえただでは済まないだろう。
いいや、しかし。
「……次に行こう」
ガリアが言うと、マリエッタは驚きの声を上げた。
「ま、待ってください! 危険です。わたくしのために、そんな――」
言いかけた彼女の機体を掴み、肩を揺さぶる。怒気を孕んだ声でガリアは言った。
「騎士になりたかったんだろ? じゃあこれぐらいで諦めるなよ」
「しかし危険すぎます。わたくしはともかく、あなたに万が一のことがあればメライアになんて言えばいいのかわかりません」
「策はある」
無論、ガリアもただ危険に飛び込もうとしているわけではない。ガリアはバカだが、物事に筋道があることぐらい知っている。作戦の立て方も、なんとなくわかってきた。
「まずドラクリアンの出力を最大にしてネマトーダをおびき出す。俺が全力で逃げている間にマリエッタはできる限りポイントを巡るんだ。見つかったら巣の外に逃げる」
ドラクリアンの出力であればネマトーダの注意を釘付けにすることもできるだろう。我ながら隙のない作戦にガリアが胸を張っていると、しかしマリエッタは切り捨てた。
「そんな無謀なもの作戦とは言いません」
無謀とはなんだ。
「完璧な作戦だろうが」
「それ本気でおっしゃられてます? まあいいですけれど……」
ガリアの不服などどこ吹く風。マリエッタは、考える。ガリアは熱い視線を向けた。諦めんなよ、諦めんなよお前! どうしてそこでやめるんだそこで! もう少し頑張ってみろよ!
「……うるさいですわね」
どうやら声に出ていたらしい。
「でも……そうですね。あなたにそう言っていただけるのなら、わたくしももうひと踏ん張りしてみようかと思います」
決まりだ。ガリアは山のような影を見やる。とんでもなく巨大な竜だ。殺意がないにしても、襲われればひとたまりもないだろう。今からあいつを挑発するのだ。
「ルートはわたくしが決めましょう。……そうですね、回れるのは三つまで。あなたは……このルートで逃げ回ってから、最後にこちらへ」
ハッチを開いてメモ書きの施された地図を受け取る。彼女なりに通す筋があるのだろう。あくまでガリアの安全が優先されたルートだった。
「……それでは、お願いいたしますわ」
「ああ、任された」
言うなりがリアはドラクリアンの出力を全開にして走り出す。巨体が首をもたげるのが見えた。どうやら挑発に乗ってくれたらしい。その巨大な翼を広げると、辺りを覆い尽くしていた霧がすべて吹き飛んでしまった。しっかりと踏ん張り、強風に耐える。
それはさながら芸術品のような存在だった。
その巨大な身体は、ただ生きているだけならむしろ不便になるものだろう。しかしその立ち居振る舞いは優雅ですらあり、生物としての事情などは微塵も感じさせないのだ。確かに生きているはずなのに、その存在はどこか生物離れしていた。
動きこそ緩慢であるものの、どこまでも伸びるのではないかと思わせる巨大な足は確実にガリアの動きを捉えている。全力疾走して、逃げ続けるので精一杯だ。
マリエッタはどうだ。あのポイントは二箇所目で――駄目だったらしい。三箇所目への移動を開始した。
このバケモノ相手に小細工は通用しない。ガリアはひたすらに決められたコースを走り、時間を稼ぎ続ける。三箇所目はどうだ!? あの反応は――駄目か。
いいや、まだだ。まだ諦めるには早い。その場で立ち止まって振り返り、ガリアは叫んだ。
「もう少し時間を稼ぐ! さっさと次を掘り返せ!!」
ガリアを機体ごと振り払うように向けられた、巨木のような足。ここからなら一足で安全地帯に逃げることができる。足止めするならここだ。最大出力のまま、ガリアは身構える。
「さあどこまで行けるか……もってくれよ、ドラクリアン!!」
その時――確かに、ドラクリアンが吼えた気がした。
谷底に響く轟音。機体は振り飛ばされていない。何十倍もの質量を持った筋肉の塊を、ドラクリアンは確かに受け止めたのだ。ネマトーダもまさか受け止められるとは思っていなかったのだろう。睨み合う両者。関節がきしみ悲鳴をあげる。まだまだ――ガリアは叫んだ。
「こいつはおまけだ……メテオフラッシュ!!」
たった今わかった、ドラクリアンの新たなる力。災魔を睨め付ける水晶の瞳から、一筋の光が放たれる。質量を持った魔力は輝きを放ったまま直進し、巨大な右目を焼き尽くした!
「――ありましたわ!」
それを待っていた。
「よし!!」
出力を最大にし、二機は竜の巣から全速力で離脱した。メテオフラッシュで怯んでいたネマトーダは、しかしすぐに持ち直し、巣から離れたドラクリアンに視線を向ける。外部に手を出さないと知っていてもなお、その射殺すような視線には生きた心地がしなかった。
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