第53話 走れメライア

 メライアの部屋から出たガリアを、呼び止める声があった。

「ガリアくん……」

 立ち去ろうとしたガリアの袖を掴み、マジータちゃんは消え入りそうな声で言う。

「メライアちゃんは、私を助けてくれた友達なんだ」

 二人の間になにがあったのかはわからない。ただ一つだけ言えるのは、ガリアがそれを知ったところでどうしようもないということだ。

「……メライアちゃんを助けてくれて、ありがとね」

「……惚れた弱みだよ」

「そっか」

 ガリアは立ち去る。彼女は、それ以上なにも言わなかった。



 人身売買を行っていたのは、スラムの奥深くにある宝石店だった。普段から盗品騒ぎで目立つような店だからこそ、まさか地下で人身売買を行っているとは思わない。灯台下暗しといったところか。

 ガリアを引き連れ、メライアは装飾の剥がれた扉を開け放つ。

「国軍だ。地下を見せてもらおうか」

 店主の静止も聞かず、二人は地下へと駆け下りた。躊躇うことはない。階段の先で重い扉を開け放ち、入り口に立っていた男の首筋にナイフを突き立てた。

「国軍だ。ネタは割れている。すべて話せば命は取らない。早くしろ。私は気が短いんだ」

 メライアの横で、ガリアが剣を構える。いつの間にやら、なかなかサマになっているではないか。鍛えてやった甲斐がある。

 所詮は資金目的の下部組織。忠誠心など大したことはないのだろう。全員がすぐさま降伏し、その場でお縄となった。終わってしまえばあっさりとしたものだ。

 後の処理はひとまずガリアに任せるとして、メライアは部屋を物色して次に繋がるものを探すことにした。

 まず目についたのは顧客リストだが……ひとまずこれはいいだろう。顧客からヴァンパレスに直接繋がるとは思えない。別件の捜査に活かせばいいのだ。

 次に目についたのが……出荷リストという、おぞましい代物だった。表題の通り、仕入れた人間の名前、通し番号、出荷先と日時がすべて記されたリストだ。これはすぐに照合し、救助に向かう必要がある。ざっと目を通すと、気になる記述があった。

「おい、この研究所行きとはなんだ」

 ガリアの手により亀甲縛りに処された職員に、メライアは訊ねる。男達は口々に答えた。

「細かいことはわかりません! しかしどうやら、ヴァンパイアメイル関連のようでして……」

「人体実験に使うと聞いただけで、それ以上は……」

 メライアは目を見張る。

「……人体実験だと?」

 つまりこの研究所行きと記された人々は、ヴァンパレスの卑劣な人体実験の犠牲になっているのだ。

 リストをめくる。他に急を要する案件はないか。なければすぐに研究所を潰しに行かなければならないのだが――

「……ザニア?」

 リストに、ザニアと書いてあったのだ。それも、今朝付で研究所行きになっている。

「……ここで取り扱っているは、スラムで攫ってきた人間だけじゃなかったのか?」

 声が震えるのを抑え、絞り出すように言う。

「……たまに、使えなくなった人材の処分にも、使われています……」

「わかった」

 一番偉そうな男の縄を切り、メライアは言った。

「私を、そこに連れて行け」



 あの場は他の者に任せ、メライアとガリアは研究所なる建物を襲撃した。

 コックピットハッチを開き、メライアは言う。

「投降しろ! 実験は即刻中止だ!! でなければ貴様らの命はないと思え!!」

 ドラクリアンと共に、壁を壊して突き進む。おぞましい実験の産物があたり一面に広がっている。目を背けたくなる光景を他所に、メライアは進み続けた。

「ここが中心部か」

 厳重な警戒も、吸血甲冑を持ち出せば容易く突破できる。見張りの兵士を薙ぎ払い、固く閉ざされた扉を蹴破った。

 魔物や人間の死体が、そこかしこに放り捨てられている。あまりにもおぞましいその光景の中で、それはよく目を引いた。吸血甲冑と呼ぶにはあまりにも生々しい巨人。その足元に佇む、二人の男。

 そこに居たのは、白衣の男と――ガリアだった。

「おっと。死んでなかったんだな、ガリアゼロ」

「お前――ガリアワンかっ!」

 ガリア同士で通じ合うものがあるのだろうか。ガリアはそれがどのガリアであるかを一瞬で見抜いてしまった。

 宿命の再会劇は続く。

「ワン、どうしてお前がここに居る」

「俺はただの護衛だよ。それより見てくれ、このとんでもないVMを!」

 ガリアⅠは背後の巨人を指さした。それは数多の魔物を継ぎ接ぎにして造り上げた――生きた吸血甲冑だ。こんなにもおぞましいものを、ヴァンパレスは造り上げていた。

 それだけに、ザニアの安否が気になる。

 二人の間に割り込んで、メライアは言う。

「御託はいい。今朝ここに運ばれたはどこだ」

 すると、今度は白衣の男が前に出た。

「君は彼女の知り合いかな? それなら、ちょうどよかった」

 男はそう言い、背後の巨人を指し示す。

「彼女は新たな姿に。顔を見てやってくれないか」

「おい、どういうことだ!」

「黙って見ていたまえ」

 男が指を鳴らす。粘着質な音を立て、巨人のハッチが開く。せり上がった人体。……間違えるはずがない。それは――

「……ザニア? 嘘だろう?」

「……メラ……イア……?」

 通じた。しかし彼女はそれ以上なにも言わない。それどころか、明らかに別の意思でその表情筋を動かした。筆舌に尽くし難い、およそ人間のものとは言い難い表情。『どうして助けてくれなかったの』とでも言われて責め立てられたほうが、どれだけ楽だったか。

 興奮を隠せないらしい。上気した顔を醜く歪め、流暢に男は言う。

「いやあ、せっかく作ったんだけど意識が飲み込まれてしまってね。これは失敗作だから、君達にあげるよ。命令には従わないし、もう直らないけど強いことは間違いな」

 そこまで言って、男は真紅の機体に踏み潰された。

「お前黙れよ」

 ガリアが男を踏み潰したのだ。とっさに飛び退いていたガリアⅠは、床に染み出す赤い液体を見ながら言う。

「黙らせてから言うなよバーカ」

「お前は殺し損ねたか……」

「おお怖い怖い。俺はおさらばさせてもらう!」

 言うなり彼は魔法陣を展開して消えてしまった。

 残されたのは、ガリアと、メライアと、のみ。

「……メライア、こいつは俺が」

 前に出たガリアを制し、メライアは言う。

「いいや、私にやらせてくれ」

「……そうか」

 言うなりガリアは一歩退いた。それを確認し、メライアはザニアの前に立つ。言葉は通じていないだろう。しかしいいのだ。これは謝罪ではなく、懺悔なのだから。

「私は君を救うことができなかった。どれだけ言葉を尽くしても足りないだろう。だから、今はこれだけ」

 剣を抜き放つ。切っ先をザニアに向けて、静かに言った。

「君を殺すのは、私だ」

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