第40話 連邦貴族ゲーム-破

 ガリアのマスに置かれた五つのコマ。それは他の全員がガリアに求婚していることを意味した。

 予想外の結果に、その場の空気が凍りつく。ややあってそれを打ち砕いたのはメライアだった。

「ま、待て! マジータがガリアと結婚したらもう逆転できないだろ!?」

「そうですわ! ここは公平に行くべきではなくて!?」

 吠える下位二人に向けて、マジータちゃんは言い放つ。

「だから結婚するんじゃん。ガリアくんほっといたら何やらかすかわかんないし、私達はこのままゴールまで独走するよ」

 確かに恩恵が一番大きいのはマジータちゃんとの結婚だろう。倒すべき敵が居なくなる上に、三位のキルビスにも大きく水を開けられる。

 しかしガリアの姉は、そんな独走を許すような甘い女ではなかった。

「ガリアはお姉ちゃんと結婚するって言ってたよね?」

 現実の話を持ち込むのはやめろ!! それも事実かどうかもわからない過去の話を!!

「関係ねえよ!」

 どうやらそれは彼女も承知していたらしい。拒否したガリアに、とある事実を突きつける。

「そ。じゃあ、ガリアは最下位確定だね」

 言いながら、彼女は手札から数枚、順番に指で小突く。これまでの経緯、これからの展望――全てを見透かされていたことを、ガリアは理解した。戦略上細かい点を語るのは控えるが、有り体に言って彼女に逆らえば負ける。すでに勝負はほとんど決していたのだ。少なくともガリア一人では彼女に勝てない。

 しかし、花嫁候補はもうひとり居た。

「待てガリア、惑わされるな。俺なら君の領地と最高のシナジー効果を生み出せる」

 最後の花嫁候補であるところのギルエラは、淡々とメリットを語る。

「まず俺は、鉱山を多く保有している。これさえあれば君は武器の生産を強化できるだろう。そして俺は手薄だった開発力を増強できる。兵士の数は多い方だ。お互いに良い話だと思うんだが」

 確かに、一考の余地がある話だった。やりようによっては、これでキルビスを出し抜くことだってできるかもしれない。

 考え込むガリア。どうしたものかと考えていると、仕切り直しとばかりにマジータちゃんが立ち上がる。

「はいはいはい。それじゃあ舞踏会パートに移ろうか。雌雄はそこで決しよう!」

 そういえばそういうルールだった。



 連邦貴族の集まる、豪華なダンスパーティ。きらびやかなドレスがあたり一面に花を咲かせる。

 そんな中、ひとりテラスに佇むガリア。孤独に月を眺め、ただただ時間を無為に過ごす。

 親の命令で花嫁探しにと送り出されたわけだが、ガリアは結婚になど興味はなかった。今は、領地の発展が一番楽しい。

 そんなおり、テラスにひとりの女性が現れる。

「あら。あなたは、踊らないんですか?」

 気の強そうな女性は、言うなりガリアの隣にもたれかかった。ガリアのことを知っているらしく、遠慮もせずに話を切り出す。

「ガリアというのは、あなたですわね。わたくしはマリエッタ。あなたに蹂躙された領地の……暫定的に領主を務めている者ですわ」

 そういえば、そんなこともあった。武器を輸出するために革命を誘発させた相手だ。そう言えば、首謀者の補佐にこんな女性が居た気がする。

 仇敵が相手だというのに、彼女はどこか落ち着いていた。

「ガリア……あなたの謀略で、わたくしの祖国は荒れ果ててしまいました。国土は枯れ、もはや滅びるのも時間の問題でしょう」

 そう言って、彼女はガリアの手を取る。まだ冷え切っていない情熱が、肌を通してガリアの身体に伝わっていく。初めて、自分が蹂躙してきた相手が人間だったことを実感した。

「わたくしの領地はもうおしまいです……ですから、責任をとっていただきたい」

 ガリアの腕を引き寄せ、祈るように胸に抱く。

「わたくしの領地……そしてこの身を、あなたに捧げます。ですから、私の領民を……お救いください」

 うやうやしく、こうべを垂れる。それは降伏のサイン。あなたにすべてを捧げ、服従を誓いますと……垂れ下がったブロンドは、雄弁に語っていた。



 正直滅茶苦茶興奮した。

 頭を下げたマリエッタを見て、ガリアは生唾を飲み下す。

 マリエッタは、たいへん気が強くプライドの高い女性だ。そんな相手がゲームの戦略上とは言え、ガリアに負けを認めて絶対服従を宣言した。この状況に興奮しない男は居ないだろう。

 ガリアが気持ち悪い笑みを浮かべていると、頭を下げたままのマリエッタが身を震わせながら不満をこぼす。

「い……いつまでこうしていればいんですの……?」

 ガリアは調子に乗った。

「そうだな。次はそのまま『ご主人様、ここでわたくしの身体を好きになさってください』って言ってくれ」

 後頭部に衝撃。メライアに背後から叩かれたのだ。

「調子に乗るな。次だ次」

 夜はまだまだ長いとは言え、一人一人のロールプレイにそこまで時間を割いている暇はない。

 屈辱に震えるマリエッタを置いて、手番は次に回った。



 連邦貴族の集まる、豪華なダンスパーティ。きらびやかなドレスがあたり一面に花を咲かせる。

 そんな中、ひとりテラスに佇むガリア。孤独に月を眺め、ただただ時間を無為に過ごす。

 親の命令で花嫁探しにと送り出されたわけだが、ガリアは結婚になど興味はなかった。今は、領地の発展が一番楽しい。

 そんなおり、テラスにひとりの女性が現れる。

「そこの君、俺と一緒に踊らないかい?」

 スレンダーな女性は少し強引にガリアの手を取ると、そのままホールへと導いていく。促されるまま、ガリアは踊るしかなかった。

「俺のこと、覚えてるかい?」

 突然そんなことを言われる。見覚えはあるが、それがどんな立場の人間であったかは思い出せなかった。

 記憶を探るガリアを見て、女性は苦笑する。

「俺はギルエラ。君の隣の領の主だ。よく、取引しているだろう?」

 そうだった。基本的には文章でやり取りしている上に、口調が男なのでついつい女性であることを忘れてしまうのだ。

「そんなことだろうと思った。君は領地のことには一生懸命だけど、他がおざなりになりがちだからね」

 笑顔の色を優しいものに変えながら、彼女は続けた。

「そんな一生懸命な君に、提案がある。俺と結婚しないか?」

 率直なプロポーズに続き、ギルエラはメリットを語る。

「何度も取引をしていて、思った。君の領土と俺の領土は、お互いを支え合っている。君もそう思わないかい?」

 確かに、そんな一面もあるだろう。彼女の領土とガリアの領土は、常にお互いが得をするような取引を続けられている。

「だから……ひとつになろう。俺達の領は、もっと強くなれる。世界一だって夢じゃない」

 そうだ。二人で力を合わせれば、どこまでも高みを目指せるはずだ。輝かしい未来を、ガリアは夢想した。



「確かにアリなんだよなー。ギルエラのカード欲しいと思ったのは一度や二度じゃない」

 効率で言えば、恐らく一番合致しているだろう。マジータちゃんを抜き去ることも夢ではない。

「そうだろうそうだろう。どうだ、俺と結婚しないか?」

 得意気に頷くギルエラ。マリエッタの痴態は興奮こそするものの、ゲーム内でのメリットは皆無。真面目にゲームをするのであればギルエラが一番だ。

「ま、待ってよ! まだ舞踏会は終わってないからね!?」

 すると急にマジータちゃんが乱入してきた。ガリア・ギルエラのコンビを驚異と感じたのだろう。

「そうだよね。まだお姉ちゃんの番も来てないもんね」

 にこやかに笑うキルビス。怖い。表情は笑顔のはずなのに、怖い。

「ああそうだ。私の番もあるからな」

 現状一番メリットの薄いメライアは、しかし妙に自信を持っているらしい。堂々と構え、軽く窘めるだけだった。

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