スゴロクプロポーズ!

第39話 連邦貴族ゲーム-序

 とある休日、ガリアはまたしても女史会に巻き込まれることになってしまった。

「と、いうわけで~! 第三十五.五回、百七期生定例会議番外編を実施したいと思いま~っす!」

 マジータちゃんは元気よく言うと、露天で買ったらしい謎の円錐形を手に持ち、後ろの紐を引いた。色鮮やかなカラーテープと小さな短冊が、火薬の臭いとともに噴出する。

 以前にも巻き込まれた同期会。今回はマジータちゃんに「最近ちょっと悩みがあって、相談に乗って欲しいの」と上手くやればヤラせてくれそうな雰囲気で誘われたのでホイホイついてきたらこのザマだ。綺麗どころに囲まれた飲み会というのは幸せなシチュエーションではあるのだが、このメンツはなかなか容赦のないトークを繰り広げるので覚悟がいる。地獄の騎士道事件とかもあったし。

 そのうえ今回は番外編ということで基準が緩いのか、もう一人のゲストが居た。

「まずは新顔を紹介しよう。彼女はガリアの実の姉で、かつ私の部下でもあるキルビスだ」

「よろしくね~みんな」

 メライアの紹介を受け、キルビスは両手を振ってアピールする。この二人は仲が良いのか悪いのかよくわからない。

「さて、番外編ということで、今回は最初からこれをやっていきたいと思います」

 言いながら、マジータちゃんは机の下から大きめの箱を取り出した。桐の箱に入れられた、格調高い逸品だ。

「連邦から輸入してきました! 新作のボードゲームです!!」

 ボードゲーム……話だけなら聞いたことがある。木や石でできたコマとボードを使っていろいろやるらしい。詳しいことは知らない。

 しかし実際のボードゲームはガリアの想像を軽く超えていた。テーブルに布製のシートが広げられ、コマがいくつか並べられる。

 ルールブックなる小冊子を眺め、ギルエラは言う。

「連邦貴族ゲームか……向こうの習慣がいろいろ反映されてそうで面白そうだ」

 ちらりと覗き見る。いろいろな注釈やらなんやらで、意味がわからない。ガリアが怪訝顔をしていると、マジータちゃんが言う。

「とりあえず、サイコロを振って出た数だけマスを進めるってことだけ覚えておけば大丈夫だよ。あとはマスごとにルールが書いてあるから」

 どうやら初心者にも優しい仕様らしい。とりあえず言われたとおりに大人しく待っておくことにした。

 それぞれ家紋のようなものが描かれたコマと、数字の掘られた木の札を渡されて準備完了。

 ざっくりいうと、連邦貴族の生涯を追体験するゲームだった。まず最初にダイスを振って一族の方向性を決定し、スタートラインへ。それからマス目に従い資金や資源をやり取りし、ゴールした時点で最も多くの資産を保有していたプレイヤーが勝利する。

 ガリアの貴族は戦争屋――武器を他所の農民に売りつけて、反乱を煽って儲ける死神だ。無論動く度にブーイングの嵐なのだが、別にガリアだって自ら望んで戦争屋になったわけではないのだから仕方がない。だからこのターンもマリエッタの領民に武器を売りつける。

「どうしてわたくしを狙い打つのですか!?」

 悲鳴をあげるマリエッタに、ガリアはしたり顔で言う。

「そりゃ領民の個人資産が一番多いからな」

 このゲームの市民は貧乏だろうが裕福だろうが武器があれば戦うので、仕掛けるなら金持ち相手が一番効率がいいのだ。なので彼女の領民は常にガリアの思惑で戦争させられている。

 まだまだ前半戦なのだが、ガリアはすでに勝利の布陣を完成させていた。無駄のない領地の構成に、効率的に配分された領民。商業ルートは常に活発で、莫大な利益を上げ続けている。

 ガリアが調子こいて儲けていると、キルビスが場に札を出した。戦争と書いてある。

「はいはーい、ガリアの領地に戦争を仕掛けまーす!」

 思考の外からの攻撃。完全に想定していなかった事態に、ガリアは一瞬なにが起きたか理解できなかった。なぜキルビスが、このタイミングで?

「あんた農耕民族だったじゃねえか!!」

 農耕民族は他国との戦争時に士気にマイナス補正がかかる。しかしキルビスは強気だ。

「農民だって戦争したいじゃん? 武器はガリアがたくさん売ってくれたし」

 そうだった。ガリアは周辺諸国に武器をばらまいていたのだった。そのうえ、自国内では反乱を避けるために武器の流通を絞っている。国民の大半が商人と鍛冶屋なので軍隊も少ない。他のプレイヤーに戦闘民族が居なかったので、完全に油断していたのだ。

 札を拾い上げたマジータちゃんは楽しそうに笑う。ある意味では彼女が一番死神のような働きをしているというのに。

「それではキルビス領からガリアくんの領に戦争を仕掛けます。それぞれダイスを振ってください。戦力差でボーナスが入るので、キルビスはダイス三つです」

 それぞれダイスを受け取る。ガリアは二個で、キルビスは三個。不利だがまだ勝ち目はある。

「いくよ!」

 勢いよく放たれたダイス。数字は……六、六、六。十八だ。すでに勝ち目はないが、ガリアもダイスを振る。……一、三……合計四だ。ボロ負けである。

「因果応報ですわね」

 革命で一度領主の入れ替わっているマリエッタは、結果を見てほくそ笑んだ。もういっぺん反乱させるぞ。

「ではガリアくんの領地カードを一枚、キルビス領へ変更します。カードの指定は最下位のギルエラちゃんどうぞ」

 ガリアはギルエラに目配せした。ガリアの領地は完璧な布陣だ。どれを失っても痛いが……強いて挙げるならワイン農場だろう。逆に鉱山を奪われるとマズい。

「じゃあ鉱山で」

「クソー!!」

 叫ぶガリアにメライアは苦笑した。

「因果応報だね」

 今に見てろよチクショウ。

 こうしてガリア領はトップ独走の座から叩き落とされたのであった。



 そんなこんなでゲームも折り返し。ガリアは必死で巻き返し、なんとか二位まで返り咲いた。因みに一位はマジータちゃんである。

「そろそろ逆転を狙っていきたいですわね……」

 マリエッタ領ではあれから五回の革命が発生。紡績業をメインに据えていた頃の面影はどこにもなく、今では立派な戦闘民族だ。くわばらくわばら。しかし途中からガリアが武器の輸出を止めたので、略奪が成功した試しはない。よって最下位。

「その手札じゃ厳しいんじゃない?」

 ケラケラと笑うキルビスは、現在三位。しかしガリア領を裏から操っている疑惑があり、事実ガリアが二位にまで返り咲けたのは彼女からの不可解なタイミングでの支援があったからだ。とても生きた心地がしなかった。

「いや、まだまだチャンスはあるさ」

 そう言うメライアは、意外なことにビリから二番目、五位だ。どうやらボードゲームはあまり上手くないらしく、特に誰かに妨害工作を働かれたわけではないのだが、イマイチパッとしない成績に留まっている。

「俺もまだまだこれからだ」

 先程まで最下位だったギルエラは、どうやら基盤堅めに集中していたらしい。中盤に差し掛かったあたりから地道な追い上げを見せ、現在では四位まで盛り返していた。油断ならない相手だ。

 全員のコマが折り返しのマスまで到達したので、ここで大きなイベントが発生する。

「では皆さん折返しまで集まりましたようで。ここでひとつイベントがございます。題して……合同大舞踏会です!」

 マジータちゃんが楽しそうにルールブックを読み上げる。

 バラバラに歩んでいるそれぞれの領地が、数年に一度合同で開催する舞踏会。ゲーム的に言うと、プレイヤーの協力体制――領地の併合、つまり結婚をするためのイベントだ。

 結婚したプレイヤーの領地は併合され、資産も二人で一人分となる。上位が結託して下位を引き離したり、下位が上位にすり寄って大逆転を目指したり、いろいろなパターンがあるようだ。一応逆転の目を潰さないように細かいルールがあるらしいが、基本的には自由。

 では結婚できる条件はというと、ロールプレイ――すなわち、それぞれが役柄を演じ、結婚したい相手にプロポーズするのだ。とはいえ基本的には併合のメリットを語ることになるだろう。

 この結婚だが、別にやらなくても良い。ガリアは一人勝ちの快感を味わいたいので、独身貴族を貫いていくつもりだ。

 マジータちゃんが舞踏会ボードを広げる。ここにコマを置いて、誰が誰にプロポーズするのか意思表示をするのだ。

「それでは、コマを置いてください」

 マジータちゃんの号令に従い、それぞれがコマを置く。

 結果――

 五人によるガリア領の取り合いが始まることになった。

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