第36話 粗暴な男
どうやらあの後キルビスはメライアに泣きついたらしい。
曰く、『メライアちゃんどうしよ~。ガリアが反抗期なの~』だそうだ。困り果てたメライアは、とりあえず『可及的速やかに対応しよう』と答えたらしい。それでガリアの部屋を訪れたのだとか。誰が反抗期だ。
「とりあえず、今晩は私の部屋に泊めておくよ」
疲れた様子で言うメライア。ガリアは素直に礼を言った。
「助かる」
あのまま野宿しそうな勢いだったが、屋根の下で眠れるようで一安心。いや待て違うなんだこの安らぎは一体。別にあの女のことを心配するいわれは無いはずなのに。
とりあえず当面の問題が解決したところで、メライアは腕を組み瞑目して考え込む。
「うーんしかし、いいのか……? 年頃の男女が同じ部屋で……まあ姉弟だしいいのかなあ」
戸籍発掘によりガリアの年齢が発覚した。十七歳だ。元々それぐらいだろうとは思われていたらしく、大きな驚きもなく今に至る。
対するキルビスは二十五歳。少しばかり歳の離れた姉だった。
メライアの懸念は……まあ、そういうことだろう。しかし理性のある姉弟であればそういった間違いは起きない。そう言っているのだろう。が、長く離れていれば姉弟であっても女と男。その上キルビスはあんなことを言っていたわけで。
「でも多分、あの女は俺がヤらせろって言ったらヤらせてくれるぞ」
するとメライアは、半眼でガリアに責めるような視線を向ける。
「……やれば?」
なんでだよ……今の流れに怒るところなかっただろ……。
「まあ、とにかく。私は彼女に気に入られてしまったらしい。なにかある度に泣きついてきそうだから、君も対応には気をつけるように」
確執は無いようでなにより。
「それで次の作戦なんだけど、さっそくで悪いが明日決行ということになった。午後の行軍になるので準備をしておくように」
ゴブリン討伐の件だ。洞窟が狭いので今回はオーガクラスを一機だけ持ち込む。ゴブリンクラスどころか生身でも通用する相手なのだが、今回は数が多すぎるようだ。
というわけで備品のオーガクラスを確認しに行くことにした。
※
騎士階級にそれぞれ与えられるドラゴンクラスを除くと、王国軍のVMに専用機という概念は存在しない。ギガトンクラスは調整の問題である程度の管理者が定められているが、機体の破損や装者の引退などですぐ入れ替わるのだという。
それ以下のオーガクラスやゴブリンクラスに関しては、完全に整備班の領分だ。任務や作戦に必要な場合は利用数を申請し、申請が通れば貸与される。また破損などの場合には事故報告書やらなんやらが必要になるとか。高価なギガトンクラスよりも、それ以下のオーガクラスやゴブリンクラスの方が壊した時に面倒なのだ。
書類申請は全部メライアがやってくれたので、ガリアは当日ゴブリンを虐殺するだけになる。上司に恵まれると仕事が楽だ。
別にぶっつけ本番でも使いこなすことができるのだが、たまには乗機を確認してもいいだろう。ガリアはオーガクラス以下専用の格納庫へと向かった。
「いらっしゃい。なんの用だい?」
格納庫に居たのは、三十代前半の女性だ。顔を見たことがないのは、オーガクラス以下のVM担当だからだろう。ギガトンクラス以上とオーガクラス以下で担当班が別れているというのは有名な話だ。
「明日オーガクラスを一機借りるんだ。ちょっと見せてくれよ」
整備の女性はガリアを見ると、ニィっと笑みを浮かべて言う。
「見るだけで良いのかい? あたしの前で乗ってみせてくれよ」
流石に整備中の機体に乗り込むのは遠慮していたのだが、乗ってくれと言われれば断る理由もない。お言葉に甘えて乗り込むことにした。
今回借り受けるオーガクラスは、ゼンズフトと呼ばれる機体だ。ガリアの背丈の倍には満たないぐらいのサイズ。装者の身体は露出していて、腰のベルトと胸のバーだけで固定する露出インターフェイス型だ。その中でも、特に頑強な腕が特徴である。
このタイプは初めて動かす。手なりで挙動を確かめつつ、ガリアは乗り込んだ。ストレッチをするかのように手足を動かし、一言。
「いい機体だな。整備も行き届いてる」
反応速度は並。可動域や動作速度も並と、一見すると大きな利点のない機体だ。しかしその分トルクが非常に強くなっている。人間にできないことを補おうという、設計者の意気込みが感じられた。
整備も機体の特性に合った調整が施されている。関節のきしみがなく、遊びの幅も小さい……といった感じ。細かい違いではあるが、血を吸われている時の不快感もない。この不快感には個人差が有り、万人に向けた調整というのはなかなか難しいのだ。
「そうだろうそうだろう。ウチの整備は世界一だからね」
整備の女性はニカッと笑った。嫌味のないカラッとした女性だ。
「これなら壊さず戦えそうだ。助かる」
機体の整備というのは作戦の成否に関わる。今回のように整備の行き届いた機体であれば、ガリアはその性能を百パーセント以上に引き出すことができるのだ。工事現場などに置いてあるVMではそうはいかない。素人の建築屋さんが片手間にやっているのとはまるで違う、プロの仕事というやつだ。
「こっちこそ、あんたになら安心して任せられるよ。マジータなんかは扱いが乱暴でね」
女性はゲラゲラと笑いながら言う。マジータちゃんへの苦言もほとんど冗談のようなニュアンスで、どれだけ壊してきてもちゃんと直してやるというプロ意識を感じられた。
これなら大丈夫だろう。
VMの装者にとって、整備員は背中を預ける仲間に等しい存在だ。これほどの実力と意識を持った集団であれば、生命線を握られるのもまんざらではない。
関節の可動角などを確かめていると、ギルエラが現れた。ちらりと目配せすると、彼女もガリアに気づく。
「ガリアか。ここに来るのは珍しいな」
すると整備の女性は意外そうにガリアを見た。
「あんたがガリアかい。もう少し粗暴な奴だと聞いていたんだがね」
粗暴とは心外だ。一体誰がそんな根も葉もない噂を流していたのか。ガリアが義憤に燃えていると、なにかを察したギルエラが横目でガリアを見やる。
「いや、君は十二分に粗暴だと思うけど……」
ひどいなあ。
整備の女性が苦笑しながら言う。
「いやあね、普段のこいつがどうかは知らないけど、メカに接する時は真摯だ。私は整備帳のオークロだ。よろしく頼むよ」
「背中は任せたぞ。よろしく」
ガリアがオークロと絆を深めあっていると、思い出したようにギルエラが言った。
「ああ、そうだ。俺は申請に来たんだった」
「パトロールはいつも大変だね。いくつ使うんだい?」
「スピットファイヤを三機ほど。決行は三日後だ」
「わかった。万全の状態で仕上げておくよ」
パトロールでVMを持ち出すのは珍しい。申請を終えたギルエラに、ガリアは訊ねる。
「デカい案件でもあるのか?」
すると彼女は苦い顔で頷いた。
「ああ。どこから流れて来たのやら、新興のカルテルが最近目に余るばら撒きをしてる。警告がてら一度叩きに行くんだ」
悪の栄えた時代はないが、悪の途絶えた時代もない。いつだって悪人は、弱い心を狙っているのだ。
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