第37話 ゴブリンロード
ゴブリンが住み着いたのは、手狭な洞窟だった。
城下町から少し移動し、大陸の中心部に近い山岳地帯。北の大鉱山が閉鎖されてから、第二の鉱山街としてそれを中心とした文化が築かれていて、この山もかつて炭鉱として利用されていたらしい。山の一角には、大小様々な洞窟が群れを成している。掘りすぎて一部の地盤が不安定になったため、現在では放棄されているようだ。
そんな中で、他よりもひときわ小さいこの洞窟が、今回の標的である。ここを拠点にして鉱物や油を盗みに来るらしい。なかなかに知恵の回る連中だ。
キルビスはすでに出口側に回っている。ゼンズフトを装備したガリアは、メライアと共に洞窟へと足を踏み入れた。
かつて炭鉱として利用されていたからか、特に歩きにくさは感じられない。壁には一定間隔で松明の火が灯されている。設置は炭鉱夫の手で行われたのだろう。しかし今火をつけているのはゴブリンだ。
どうやら数が多いというのは本当らしい。少し進んだところで、すぐに小規模の群れとエンカウントした。
コンビネーションで攻める! ガリアが張り切って前に出ると、それよりも早く駆け出したメライアが抜き放った剣で次々とゴブリンを屠っていく。並の速さではまず追いつけない。
ゴブリンが全滅したところで、ガリアは心の声を漏らした。
「俺……いる?」
白いマントを暗がりの中にたなびかせ、振り返りながら彼女は言う。
「後ろに君がいると思えばこそだよ」
それは暗に『背中は任せた』と言われているようで。認められた、必要とされた……ただ頼られるよりも強いなにかが、ガリアの身体を駆け巡った。
しかし張り切ったところで結果は変わらない。とどのつまり、ゴブリン程度がいくら群れを成したところでメライアの相手にはならないのだ。
逃げ出したゴブリンですらも根こそぎ刈り取っているので、恐らく向こう側で待機していたキルビスも暇をしている頃だろう。
そうこうしている内に、比較的広い空間に辿り着いた。油壺や、文様の描かれたコンテナに詰められた鉱石がいくつもある。ここが資材庫になっているのだろう。最後にこれを持ち帰れば任務完了だ。
「なんとか無事に終わりそうだな」
ガリアが言うと、しかしメライアは腕を組んでいた。
「どうした?」
ガリアが訊ねると、メライアは片目を開けて推論を述べる。
「妙だ。鉱石を集めている割に武装していない。なにか別の目的を持っている」
武装したゴブリン……そう言えば、ガリアにも少しだけ覚えがあった。通常のゴブリンよりも知恵が回り、少しばかり手強い。だからメライアは、ガリアをお供に連れていたのだろう。鉱石を盗んでいた事実から、ゴブリンは武装した個体だろうと踏んで。
しかしここまでに目撃したゴブリンは、どれも武装などしていない、普通の個体だった。
「でも別の目的ってなんだ」
「そうだな……」
メライアは周囲を見渡し、あることに気づく。
「この洞窟は、中に広い部屋が一つある以外は全て一本道だと聞いている。しかしどうだ、この部屋には、もう一つ道があるぞ」
視線の先を追うと、確かにここ最近新しくできたような道があった。その先から明かりが漏れていて、どうやら広い部屋に繋がっているように見える。
「なにかがある。行ってみよう」
穴の先に広がっていたのは、広大な空間だった。
それは自然に発生した空間だったのだろう。入ってきた穴以外に入り口のようなものはなく、人の手が入った形跡もない。しかし明らかな異物が、そこにはあった。
「
ゴーレム――VMが開発される以前に採用されていた機動兵器だ。自立魔法甲冑の名の通り、魔術師の与えた目標に従って "自ら思考" し行動する。
人間よりも遥かに強靭な鋼鉄の肉体で一時代を築き上げた。しかし、最高位の魔術師でなければ作ることも動かすこともままならないこと、魔術師一人に全権限を委ねてしまうなどの欠点がある。VMが開発されて以降、時代に取り残された存在だ。
それがなぜか、ここにある。心臓部であるコアを脈動させ、それが今も生きていることを雄弁に語っていた。
「こんなものゴブリンが作れるのか!?」
通常、ゴブリンにそんな知能はないはずだ。こんな事ができるとすれば、人間か、あるいは――
「ゴブリンロード!!」
ローブを纏った、ひときわ背丈の高いゴブリンが、祭壇で祈りを捧げている。
振り返ったそれは、ゴブリンのものとは思えない、複雑な感情を孕ませた表情をしていた。
数多のゴブリンを御し続け、ひたすら高みを目指し続ける。魔術を極めたその個体は、もはやゴブリンの域を越えていたのだろう。
ゴブリンロードガなんなのかはよく知らないが、恐らく上位個体だ。
こちらに気づいたゴブリンロードが両の手を振り上げる。金属の擦れる音を立てて、ゴーレムが動き出す。それはおもむろに主であるゴブリンロードをわしづかむと、大口を開けて飲み込んだ。
メライアが剣を構える。
「気をつけろ、一体化した。吸血甲冑との覇権争いで魔術師が編み出した禁術だ。こんなものまで扱うなんて……!」
サイズ的にはギガトンクラス相当。対するこちらは生身とオーガクラス。あまり分の良い戦いではない。
……が、ワンクラス相当であればいくらでもひっくり返すことができるのだ。
「メライアは下がってろ!」
ゼンズフトを駆り、ガリアは前に出る。頷いたメライアが後退するのを見届け、戦いが始まった。
ゴーレムが重い一歩を踏み出す。体格の割には重量がある。パワーはありそうだが、その分俊敏さに欠けるだろう。トルク重視のこちらと相性同じ調整だ。都合がいい。
格上と戦う時に重要なのは、相手の心理を読み取ることだ。格下と戦う相手は、多かれ少なかれ油断が入る。その油断がどこで生じるか、それを読み取らないことには勝ち目など無い。
相手はゴーレムを独力で完成させてしまうような化物だ。より確実な手段を使ってくるだろう。
つまり、体格差を利用したパワープレイだ。
ゼンズフトは、お世辞にも足の早い機体とは言えない。歩幅で勝る生身のメライアが相手でも出遅れるのだから、歩幅で大きく水を開けられたゴーレムを相手に素早さで翻弄することはできない。
であれば、相手の死角を見極めて、最低限の動きでそこに潜り込むしかないだろう。
ゴーレムの体格を見極める。腕が長く、肩幅も広い。リーチが長い分、潜り込んでしまえば楽勝――ではない。足元に入れば足が襲いかかってくる。
だから狙うのは、足のリーチと腕のリーチの境目。
ゴーレムが片腕を振り下ろした。恐らくゼンズフトのパワーがあれば、片腕だけなら受け流すことができる。攻撃の落下地点を見極め、適切な位置で両腕を構える。
迫る右拳を――体の外側に受け流す。バランスを取るために次の攻撃が遅れるうえに、身体の中心部を位置取りできるからだ。左の拳を死角で回避し、胴体に飛びつく。恐らく露出したコアが弱点だ。
ゼンズフトのマニュピレーターは、そこまで器用なものではない。指の力で自らの体重を支えることは困難であり、巨体をよじ登るためには腕ごと装甲の隙間に食い込ませていく必要がある。乱雑に配置された鉱物と鉱物の間に手足を食い込ませるように引っ掛け、少しずつ移動していく。
ほとんど腕だけで全重量を支えているのだ。機体にかかる負担は大きい。
悲鳴をあげる関節部。オークロが苦労して整備した姿が目に浮かぶ。もう少しだけ耐えてくれ。
荒れた岩肌をよじ登るように、ガリアはコアに到達した。引き剥がそうとゴーレムに背部ユニットを掴まれる。しかしここまで来ていればこっちのものだ。
左腕を装甲に食い込ませ、引き剥がしに耐える。右の拳に魔力を充填。稼働用のエネルギーを攻撃に転用。この一撃で決める。
「高トルクパンチ!!」
全エネルギーを込めた一撃。しかしコアは貫けない。いいや、まだだ。右腕のトルクを全開にし、押し付けた拳をコアに押し込んでいく。拳の装甲がひしゃげ、結晶体にヒビが入る。根比べだ。
「うらああああああ!!」
勝った!!
砕け散る水晶。コアを破壊した。崩れ落ちるゴーレムから、ガリアは飛び降りる。着地の衝撃でダンパーが裂けた。修理には時間がかかるだろう。
勝利の余韻に浸る間もなく、メライアが飛び込んでくる。
「まずいぞ! 崩れる!!」
なんだって!? それは本当かい!?
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