第34話 キルビスお姉ちゃん
「お姉ちゃんに教えて。この女はなに」
知りたいのはこっちだ。ガリアはキルバスに聞き返す。
「そもそも俺に姉なんか居ねえ。あんた一体何者だ」
すると彼女は血相を変えた。青くなった顔を押さえ、うつむきながらか細い声を漏らす。
「あ、はは……そっかー、考えてなかった……お姉ちゃんのこと、忘れちゃってたか……そっか……」
姉は居ないと強く言ったものの、ガリアにも幼少期の記憶が無いのでなんとも言えない部分がある。とはいえこんな気味の悪い女に姉を名乗られるのは気分のいいものではなかった。
しかしそんなガリアの苦悩などお構いなしだ。音を立てて資料をめくりながら、メライアはぴしゃりと言い放つ。
「結論から言うと、彼女はガリアの実の姉だ。覚えては居ないだろうがね」
眼の前で呆然としているこの女が、ガリアの実の姉。残酷な現実を直視できず、ガリアは振り返る。メライアが持っていたのは戸籍謄本だった。
「君の戸籍が見つかった。どいうわけだか、ゲラルドという名前で登録されていたよ」
その言葉に反応したのはキルバスだ。
「ゲラルドは……父さんが、ガリアの存在を隠蔽するために提出した偽の情報。ガリアはガリアだよ」
知らないところで自分についての情報が明るみになっている。えもしれぬ不気味な感覚を覚えたガリアは、思わず二人から距離をとった。
「俺はガリアだ……誰がなにを言おうとガリアなんだ……」
生まれを知らず、なにもわからずスラムで育った自分のたった一つのアイデンティティ。何者なのかと問われれば、自分はただのガリアでしかない。ドラクリアンの装者や騎士になった今であっても、根底にあるものは自分がガリアであるということのみ。
その前提が、足元から崩れ去ろうとしている。キルバスの弟ガリア。ゲラルドであるガリア。父に存在を隠蔽されたガリア。俺は一体、なんなんだ。
青い顔を押さえて震えた声を出すその姿は、皮肉にも先程までのキルバスの姿と瓜二つだった。
「おーいガリア、おーい。……駄目だ、思ったよりも混乱している」
ガリアの肩を揺すったメライアは、反応がないのを確認してから恨めしそうにキルバスを見やる。
「お姉さんや、このまま壊れたらどうするつもりかな?」
メライアの声が聞こえた。それともう一人のうめき声。壊れる? 一体どういうことか。俺はガリアだ。ガリアだ。ガリアだ。
混乱の只中で、なにか温かいものがガリアを包み込む。この感触は、人肌だ。それもどこか懐かしい、不思議と覚えのある感覚。
「……大丈夫。ガリアはガリアだよ」
声の主に目を向ける。キルバスだ。彼女がガリアを抱きしめていた。しかしこの懐かしい感覚は、一体全体どういうことか。それでもなぜか、落ち着いてしまうんだ。
「なかなかやるもんだな……」
メライアは呑気にそんな事を言う。そんな事の元凶張本人を恨みがましく睨めつけ、ガリアは言った。
「説明してくれ。さっぱりわからねえ」
するとメライアは無責任にも身振りでキルバスを指し示す。
「細かい説明は彼女から。実は私もわからないことだらけでね」
説明を引き継いだ彼女は、ガリアを抱きしめたまま語り始める。
「まず……私は、キルバスじゃなくてキルビス。昔は、ガリアが上手く発音できてなくて、ずっと『キルバスお姉ちゃ~ん』って言ってたから、こっちの方がわかりやすいかと思ったんだけど……」
のっけから衝撃の事実をぶつけるな。キルバス改めキルビスは、そんなガリアの心の声をガン無視して話を続けた。
「私達の両親は、王国軍VM開発課のエンジニア。……わかりやすく言うと、ドラクリアンの開発者」
なんだそれは。
「それで、私も手伝ってたんだけどね。クーデター失敗してから父さんがガリアをスラムに捨てたから、私は父さん達を見限ってガリアを探してたってわけ」
衝撃、
キルビスが話し終えるのを待っていたのだろう。腕を組み瞑目していたメライアは、一歩踏み出し疑問符を浮かべる。
「知っているのはそこまで? ガリアを捨てた理由とか」
メライアの問いに、キルビスはあっけらかんと答えた。
「話聞く前に飛び出しちゃったからね。結局ドラクリアンが起きるまで見つけられなかったし、我ながら迂闊だったとも」
そう言って、ガリアを抱きしめる腕に力を込める。
「でも良いんだ。私にはガリアが居ればそれで」
しばしの接触で満足したらしく、キルビスはようやくガリアを解放した。それからすぐにメライアに視線を向け、言う。
「さて、事情もわかったところで……この女、なんなの?」
生きた心地がしなかった。キルビスに対して後ろめたいことはなにもしていないというのに、まるで首筋に切れ味の良い剣を突きつけられたような、そんな怖気を覚える。
いっぱしの男なら、ここで一発『好きな人だ』とでも言って黙らせているところだろう。しかし残念ながら、今のガリアは惨めな弟に成り下がっていた。とても大胆な告白に持ち込めるような雰囲気ではない。
「……上官だよ」
誰も傷つけない、たったひとつの冴えたやりかた。
しかしキルビスの追求は終わらない。急に声のトーンを引き下げて、氷のように冷たい声を出す。
「ずいぶん仲がいいみたいだけど?」
そりゃ仲はいいからな。昨晩の出来事についてはノーコメントの方針で。
「アットホームな職場なんだよ」
「へえ、そう」
底冷えのするような声。
納得したのかしてないのか。真意の程は不明だが、どうやら彼女の興味は他の部分に移ったらしい。窓の外を眺め、物憂げに言う。
「ところで私、いつまでここに居ればいいの? 誰かを
キルビスの扱いは、捕虜ということになっていた。しかしそれは、彼女がヴァンパレスではないにしろなにか重要な事実を知っているだろうと目されてのこと。知っていることを洗いざらい話してしまった現状では、彼女を閉じ込めておく理由がない。強いて挙げるなら、公務執行妨害で牢獄行きぐらいだろうか。
するとメライアは、質問に直接答えることはなく、疑問を投げかける。
「あの吸血甲冑……ブラック・ガヴァーナは、どこで調達して、どのように運用していた?」
質問に質問で返されたキルビスは、少しばかり不機嫌になりながらも素直に答えた。
「父さんがクーデターを起こす前後で新しく設計してたのをかっぱらってね。あとは広いものとかで、いろいろと」
似たもの姉弟である。その答えに、メライアは満足げに頷いた。
「なるほど。熟練者ということで、私かガリアの部下あたりで雇えないか上に掛け合ってみる」
先程までご機嫌ななめだったキルビスだが、態度を百八十度改めメライアの手を取る。
「メライアちゃんありがとー!! これでずっとガリアと一緒にいられるんだね」
というわけで、知らない姉ができてしまった。
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