第33話 初恋デート!

 日も暮れてきたところで、夕食はどうしようかという話になった。

「なにが食べたい? だいたいなんでもあるけど」

 ガリアはあまり食に詳しくないので、特段好みの料理追撃者もない。しょっぱいものは美味しいし、甘いものは美味しいし、辛いものも美味しい。美味しいものは好きだ。

 が、ここでそんな事を言っても彼女を困らせるだけだろう。適当に決めてしまおうと周囲にアイディアを求める。と、まるまると太ったカラスと目が合った。お前だ。

「鳥料理ってあるか?」

 彼女は瞑目して少し考えてから、パチンと指を鳴らす。

「それじゃあ鶏肉のパイにしようか」

 鳥料理というのは我ながらなかなかにマイナーなチョイスだと思ったのだが、彼女はあっさりと店を決めた。頭に地図でも入っているのだろうか。

 川沿いの道を歩き、店に案内される。辿り着いたのは、こじんまりとしたレストランだった。一見すると民家のような外観だが、窓から覗く内装は客を出迎えるのに適した作りになっている。

「知る人ぞ知る隠れ家的なレストランでね。連邦の家庭料理をメインに取り扱ってるんだ」

 慣れた様子で入店し、席に通される、滝の見えるテラス席だ。月明かりに照らされてた水しぶきが、昼間の出来事を想起させて照れくさい。

 マイナーな店舗らしかったが、席の埋まりはまずまずだった。テラス席は他に二つほどあるのだが、片方には若い男女カップルが腰掛けている。付き合いたてなのか、初々しいやり取りを繰り返していた。

 メライアと付き合ったら、あんな感じになるのだろうか。健全な男女交際というものの知識がないガリアには、あまり上手く想像できなかった。

 彼女なりに思うところがあったのか、メライアもカップルのことを横目で見ている。注文があってから調理を始めるスタイルらしく、待ち時間は長い。自然と、カップルの観察に趣旨が移っていた。

 初々しい空気。たどたどしい会話。じれったいやり取りが続く中で、不意に女が動いた。椅子を動かし、男の隣につく。

 ――!!

 戸惑う男に、女が口づけた!

 誰もこの急展開を予想していなかったので、その場の空気はガラリと変わった。カップルを包んでいたじれったい空気は一瞬で拭い去られ、そこにあるのは男と女の雰囲気のみ。

 ガリアもメライアも目を離し、お互いちらりと目を合わせてはすぐに目を逸らす。そんな攻防を延々と繰り返す。傍から見れば、先程のカップルの初々しさを引き継いだように思えるだろう。

 チキンパイの味なんて、しょっぱいぐらいしかわからなかった。



 足早に店を出た二人は、行くあてもなく夜の街を彷徨っていた。

 川沿いの細い道を歩く。街の外れに位置するここは、日が傾いてからはほとんど人通りがなくなる。人目のない夜の未知を、二人はただただ歩いていていた。

 二人で見てしまったキスシーンが、頭から離れない。

 すっかり城下町の観光をしていたので忘れていたが、今日はデートに来たのだ。男と女がデートをするなら、そういう事が起こる場合もありえるはず。

 あれから二人は会計の話しかしていない。ここで少し、雰囲気を変えていきたいところだ。

 しかし、どこまでしていいものか。試しに少しだけ距離を近づける。彼女はなにも言わないし、近づいた分の距離を離そうともしない。きっと、これは、大丈夫。

 なら次は、次は……手を繋ごうか。いや、それでは先に進まない。もう少し大胆に動いても、良いのではないだろうか。

 心臓の鼓動が激しくなるのがわかる。耳たぶまで振動が伝わってくる。手首の神経が、脈拍数の上昇を感じ取っていた。

 ……やるぞ。

 なにも言わずに、メライアの肩を抱く。

 彼女はなにも言わない。普段であれば、手を叩き落とされていたところだろう。しかし彼女はなにもしない。これはどういうことか。抵抗できないのか、しないのか。わからない。わからない、なにも。

 それでも、ここまで来たなら走るしかない。

 肩に置いていた手を、少しずつ下に持っていく。肩から腕へ、腕から腹へ、腹から腰へ、腰から……遂には尻へと手を伸ばす。彼女は……なにもしなかった。

 薄い布に包まれた、柔らかなヒップ。筋肉質であるにも関わらず、そこはとても柔らかく撫でているだけで幸せになれた。

 指にわずかばかりの力をかけると、彼女は遂に立ち止まる。流石にやりすぎただろうか。そう思って手を話しかけるも、それを遮るように、俯いたまま彼女は言った。

「デートってことは、やっぱり……こういうことも、するのかな」

 不意に、先日の言葉が脳裏を過ぎる。

 ――『私にできることなら、ある程度の埋め合わせはするからさ……』

 そう言えば、一番最初に彼女はこう言ったのだ。

 なにも言えないガリアを差し置いて、彼女は続ける。

「君が私に求めること、私にはわからない……デートって、私もしたことなかったから」

 彼女は、ガリアの要求を測りかねていた。あの時の埋め合わせとしてどこまで求めているのか、どこまで望まれているのか。それを、今、はっきりさせようとしている。

 正直なところ、あの時のガリアはよく考えていなかった。適当に街をブラブラして、食事をして解散ぐらいに考えていた。こんな雰囲気になるとは思っていなかったし、こんな感情を抱くとも思っていなかったから。

 今は、彼女が欲しかった。

「君が私のこと、どう思ってるのかはわからない。……だから、わからないんだ」

 俺は――

 伝えるなら、今しかない。瞬時に弾き出された打算。タイミングを求めていた感情。なにもかもが合致した。俺はメライアが好きだ。今を逃したらもう次はないかもしれない。

「俺は」

 しかしその声を遮るかのように、野太い音が空気を震わせる。

 急な乱入者。二人は音の主に目を向ける。そこには、まるまると太ったカラスが居た。どこかで見覚えがある個体だ。

 カラスが野太い鳴き声を上げ、こちらを見つめている。飛び立つ様子はない。ずっと、見つめられていた。

 メライアがガリアの手を振り払う。

「今日はもうお開きにしようか」

 興が削がれた。仕方がない。

「……そうだな」

 楽しいデートは終わってしまう。

 結局帰る方向は同じなので、しばらく気まずい雰囲気を過ごすことになった。



 翌日、ドラクリアンの整備を手伝っていると、不意にメライアに呼び止められた。昨日の件かと思ったが、どうにも違うらしい。

「キルバスと会ってくれないか?」

 キルバスの尋問は彼女が担当していた。助手として……というわけではなさそうだ。確かに彼女はガリアを強く求めていたフシがある。得体の知れない相手なのであまり会いたくはないのだが、昨日の罪悪感も手伝って、ガリアは素直に従った。

「ガリアを連れてきた。これで全部話してくれるんだな」

 ガリアが部屋に入るなり、キルバスは興奮して机をひっくり返す。直前でメライアが食事の器を持ち上げたので、もったいないことにはならなかった。

「ガリア! 来てくれたんだ!! 会いたかった……」

 勝手に一人で感極まったらしい。キルバスは目から大粒の涙を流し、ガリアに抱きつく。刺されるのではないかとも思ったが、持ち物はメライアが検査しているはずだ。彼女を信じよう。あとおっぱいがデカい。

「ガリア……ガリア……」

 ひとしきり抱きしめて満足したらしい。彼女はガリアから離れ、涙を拭う。そして急に笑顔を消し、目を細めた。

「ところで……この女とは、どういう関係?」

 まるまると太ったカラスが、窓枠にとまってこちらを見つめていた。

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