第31話 覚醒、ドラクリアン
「――ドラクリアン!!」
真の名前を取り戻した機体は、その拘束具を解き放つ。
どれだけ不自由な姿をしていたのだろうか。
機体の各所に施された、鋭角的な装飾。それはドラクリアン本来のものではない。その実力を隠匿するために施された "拘束具" だ。
剥がれ落ちた腕の装飾の下から、碧色の水晶が現れる。相手の居所を次元の果てまで追いかける、超高性能の次元レーダー。空間魔法の粋を尽くし、膨大な魔力を消費して起動したそれは、ランダムワープの予兆すら見落とさない。
「少し形が変わったところで!」
アリアが吠える。まただ。ダンディットの足元に魔法陣が展開した。
ランダムワープは発生の前後で微弱の魔粒子が現れる。恐らくダンディットは、この魔粒子の出現地点をコントロールすることでワープを制御しているのだろう。だが、出現場所が先読みできるならそんなものは恐れるに値しない。
ガリアは構えた。
足の装飾は、鱗のように張り巡らされた、おびただしい数のブースターを隠匿するために施されたものだ。炉で発生した魔導エネルギーは両足に設置された合計二千台のブースターで増幅され、異次元クラスの機動力を実現する。
見えているならば追うことなど容易だ。
「ちょこざいな!!」
ダンディットの出現地点を予測したガリアは、超高速で先回りした。捕まえ損ねる。意表を突かれたアリアは、なんとか落雷を目眩ましにして離脱した。
超高速の攻防に判断が追い付いていない。だがその事を悟らせるわけにはいかなかった。
「なぜ!? なぜこちらの動きを!?」
吠えるアリア。きっとカラクリに気づくことはないだろう。後は、ガリアが使いこなせていないのがバレる前に片を付ける。
「まだ終わっちゃいない!!」
再び高速移動で接近し、ダンディットと組み合う。ランダムワープは接触している物質を巻き込んでしまうので、この状態では跳躍できない。振りほどこうにもパワーはドラクリアンの方が上だ。
「力比べだ!!」
力に任せ、ダンディットの両腕を締め上げた。負荷のかかった関節がギチギチと悲鳴を上げ、火花を散らす。アリアは叫ぶ。
「ならば奥の手!!」
稲光。ことさら強い雲間雷が上空に鳴り響き、胎動する暗雲を不穏に彩る。――なにかが来る。ガリアは直感的に理解した。
「術式――背水!!」
来る。
「クロスガードナー!!」
プリズムのように輝くなにかがドラクリアンの周囲を包み込んだ。
瞬く間もなく視界が雷光に埋め尽くされる。一瞬だけ遅れて巻き起こる空気の振動。激しく大地を揺さぶるように、細い稲光が周囲にいくつも散乱する。
アリアが驚愕の声を上げた。
「まさか!? しかしこんな強力なバリアを張ればエネルギーもすぐに尽きてしまうはず!」
しかしドラクリアンの出力は、下がるどころか上がり続けている。
胸部の装甲はグローズビームを隠していた。対して腹部の装甲は、吸魔孔を隠していたのだ。空間に存在する微弱な魔力を吸い上げ、炉を通して魔導エネルギーに変換する。この機能があるおかげで、ドラクリアンは補給もせずに一週間は戦い続けることができる。もっとも、装者の肉体がもてばの話ではあるのだが。
アリアの目算を、ガリアは一蹴した。
「甘く見てもらっちゃ困るな」
標準的なドラゴンクラスの体躯に積むには過剰とすら言える大出力。余剰魔力が蒸気となって関節から漏れ出す。組み合ったダンディットを投げ捨て、ドラクリアンは最後の縛めを解く。
仮面のような顔面は仮の姿。引き剥がされた鉄仮面の下に隠されていたのは、獰猛な獣のような意匠。水晶であるにも関わらず鋭い眼光を放つ野性的な双眸に、野獣の牙を模したマスク。背後に向かって伸びていた二本の角は起き上がり、東洋に伝わる "鬼" を想起させるようなラインを描く。
口のようにも見えるマスクの隙間から、蒸気が吹き出した。余剰魔力を放出し、出力を安定させるための機構だ。
これが本来の姿。これが本当のドラクリアン。
その姿を見上げ、アリアは言う。
「まさかこれほどの……しかしこれならば確かにプロジェクトは――」
それでも起き上がるダンディット。まだ戦意は衰えていないようだ。
「私も、それが欲しかった……! こんな惨めな任務ではなく、私にも、その力が!!」
「これは俺のだ!! ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!!」
「私のものになったかもしれないのに!!」
戯言を。
「うるせえ!!」
ドラクリアンは右腕を突き出す。拳に力を込めて、二の腕の薬室に魔力を充填。
「あなたにその力を振るうだけの覚悟があるのですか!?」
「知らねえ!!」
前腕が高速で回転する。刻まれたモールドが風を切り裂き大地を鳴らす。
「バレットスマッシャーナックル!!」
二の腕で圧縮した魔力を解放し、肘から先を打ち出した! 回転しながら飛来する腕は、ダンディットの胴体に風穴を開け爆発!!
「この私が、あなたのような半端者に!!」
「覚悟じゃ敵は倒せねえんだ。スパイさんよ」
失った右腕を再構築しながら、ドラクリアンは振り返る。爆破炎上するダンディットを背に、その雄姿を大衆の目に焼き付けた。
※
いつの間にか空は晴れていて、眩しい太陽がのぞいていた。清々しい空気の中で、メライアはガリアに駆け寄る。
「よくやったガリア。私の期待以上の働きだったよ」
スパイの始末とヴァンパレスのドラゴンクラス一機――それも裏の有りそうな機体――を撃破。戦果としては上々だろう。
しかしガリアは釈然としなかった。アリアへの怒りが冷めたところで、別の事実に気づいたからだ。
「メライア……俺のこと騙してたのか?」
すると彼女は半歩引き、おずおずと指で頬を掻く。ガリアの機嫌を窺うように苦笑しながら、透き通るような声にわずかばかりの雑味を混ぜて言う。
「結果的には……そうなるかな……いや、まあ、最初からそういう作戦だったし、私は君に上官として命令しただけだし……」
ただ騙されたぐらいであれば、(相手がメライアであればという条件付きではあるが)ガリアは気にしない。騙された方が悪いからだ。しかし今回は、彼女がガリア――部下の葛藤を利用した形になる。
それは彼女も承知しているのだろう。慎重に、言葉を選ぶようにしながら続ける。
「ああ……その……ごめん。少し誠実さに欠けるかな、とは思ったんだ。それだ一番有効だったとは言え、君が悩んでいるのを利用した形にはなるし……悪かったよ」
申し訳なさそうに謝罪する彼女の姿に興奮したので、今回のことは許すことにした。が、仕返しはしよう。
揺すれば動きそうなメライアに向かって、ガリアは言い放つ。
「いやー傷ついちゃったなー。上官として信頼してたし恩師としても尊敬してたんだけどなー。やっぱり所詮はただの部下なんだなー」
ガリアの言葉に彼女はたじろぐ。ガリアが信頼だとか尊敬だとか口にする度に冷や汗がタラリと頬を伝う。普段であれば軽薄なガリアの言葉に動じることはなかっただろうに。興奮してきた。
「ご、ごめんね……ごめん。あの、うん、その……私にできることなら、ある程度の埋め合わせはするからさ……」
その言葉を待っていた。
「じゃあデートしてくれよ」
メライアは露骨に驚く。
「デ、デート!? ……そんなことでいいの?」
もう少し恥ずかしがったり照れたりしてくれれば楽しかったのだが、まあ仕方がないだろう。恐らくガリアはあまり意識されていない。こちらとしても好みの美人とデートがしたかっただけなので、別に構わなかった。
「ああ。それで許してやる」
ガリアが言うと、彼女は安堵の息を漏らす。
「はあ、そうか……まあ、君が機嫌を直してくれてよかったよ」
心からの言葉らしい。ガリアは少し意地悪した。
「別に部下が拗ねてようが命令すればいいじゃねえか」
「え?」
キョトンとするメライア。
「メライアは上官で俺は部下だ。別に細かいこと気にしなくてもいいだろ」
「そ、それは……」
すると彼女はそっぽを向いてしまった。わずかばかり頬を染めて、なにやらモゴモゴと口を動かしている。
「……君に見限られるのは、なんか、嫌だから」
ちょっと嬉しい。
「なんでだよ」
「知るか! もう、行くぞ。君がゲラルヴォールまで壊しちゃったから事後処理が大変なんだ」
「なっ!? あれは仕方ねえだろ!?」
「大人の世界は難しいんだよ」
他愛ないやりとりを交わしながら、二人は仕事に戻る。
――一連の流れは眷属を通してすべてマジータちゃんに筒抜けになっていたのだが、メライアはそれを知る由もなかった。後日滅茶苦茶からかわれた。
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