第23話 スラムのネズミから王国騎士へ~限界チンピラの成り上がり伝説~

 アリアに煽られ興が削がれたため、二人はピンボールをやめてティータイムにでもすることにした。美人と二人でティータイムというのは、なかなか美味しい。

 だというのに。

「なんでお前がついてきてるんだ」

 腹立たしいクソ女ことアリアは、未だにガリアの周りをウロチョロしていた。

「同じ方角でしたので」

 こいつは仮面のせいで口元しか見えないので美人もクソもない。いやクソ女なのでクソはあるのだが。髪の色がガリアと被っているのも腹立たしい。

「まあ、そう腹を立てるな。アリアは業務を遂行しているだけだ。さて、そこだ」

 案内されたのは、こじんまりとしたカフェだ。ギルエラの行きつけらしい。

「……さて、私はこちらですので」

 言うと、アリアは街の喧騒へと消えた。ようやく邪魔者が消えて、ガリアは晴れやかな気分でカフェへと足を運ぶ。それにしても本当に邪魔なだけだったな。

 適当に窓際の席に腰掛け、コーヒーを頼む。スラムに住んでいた頃は無縁な泥水だと思っていたのだが、これがなかなかどうして奥が深い。どうやら先代ガンドヨルム王の趣味がコーヒーだったらしく、城下町のすぐ近くに豆の名産地があるそうだ。そこで多種多様な豆を扱っている他、品種改良も盛んに行われているらしい。

 外の景色を眺めながら、ケツのデカい美女とコーヒーを楽しむ。優雅な休日ではないか。ここからだとケツ見えないけど。

 沈む夕日を眺めながらのんびりしていると、不意にギルエラが通りすがった男の腕を掴んだ。新手のナンパだろうか。それにしては過激すぎる気もするが。

 腕を掴まれた男が狼狽えていると、ギルエラはその腕からナイフを奪い取って詰め寄る。

「どこの犬だ」

 男は叫ぶ。

「し、知らねえ! なんのことだ!!」

 ギルエラの態度には鬼気迫るものがあった。ナイフも出てきたし、これはナンパではない。暗殺だ。

「飼い主はどこだと訊いている」

 ガリアは席を立ち、男のポケットからハンカチを抜き取った。端に小さく描かれているこの文様は、ヴァンパレスがお互いを認識するためのものだ。

「ヴァンパレスか」

 ガリアにハンカチを見せられ、ギルエラは頷く。

「であれば、狙いは俺か」

 言うと彼女は懐から縄を取り出し、男の腕を手早く縛り上げた。諦めた男を小突いて歩かせながら、懐から財布を取り出しガリアに預ける。

「俺は一旦城に戻る。追加があるなら頼んでもいい。その中身までなら俺が持とう。会計を頼まれてくれるかい?」

 また女性に奢られてしまった。



「暗殺? それはまた穏やかではないですわね……」

 ギルエラは報告があるらしいので、いいタイミングで遭遇した仕事上がりのマリエッタに夕飯を奢ってもらっていた。

「正面からやりあっても勝てないからな。連中も、わざわざVM持ち出すのが無駄だとわかったんだろう」

 VMもタダではない。いくら背後に非合法な巨大組織が存在するとしても、無限に用意できる代物ではない。特にドラゴンクラスは竜を一匹丸々使うのだ。そう簡単に量産体制が整うわけがない。

 ガリアが得意気に推論を述べていると、いつもの耳障りな鐘の音が鳴った。余談だが、この音は慣れないためにわざと耳障りな音を選んでいるらしい。

「来ましたけれど」

「……」

 今日の当番はマジータちゃんだ。屋上席なので、戦闘の様子がよく見える。

 見覚えのある形状のドラゴンクラスは、炎を吐いて城壁を焦がす。少し遅れて現れたローズヴァイゼンは、城壁から敵機を引き剥がして大きな杖を突きつけた。

「マジータちゃ~ん……ビィーッム!!」

 光となった大きな杖が、ローズヴァイゼンの手を離れて眩いほどの輝きを放った。

 極太の光線。遅れて展開する魔法陣。光の奔流に巻かれた敵機は一瞬で消し炭になり、虚無だけがそこに残される。一仕事終えたマジータちゃんは、鼻歌交じりに悠々と帰還した。

 そんな光景を見て、マリエッタが紅茶に口をつける。

「わたくし、メライアのことはライバルだと思っているのですけれど……マジータには張り合う気にもなれないのですよね」

 彼女達四人の間にどんなドラマがあったのかは知らないが、今のガリアにはこんなことしか言えなかった。

「そりゃ……業種が違うしな」



 翌日。護衛を終えたメライアが帰還したので、ガリアはようやく通常業務に戻った。

「ギルエラに迷惑かけなかったか?」

 開口一番にそんなことを言われてしまう。別段迷惑は掛けていないが問題はあったので、ガリアはできるだけ細かく報告する」

「……というわけだ。メライアも気を付けた方がいいかもな」

 ガリアの報告に、彼女は腕を組む。なにやら思案しているようだ。

「女王陛下がお忍びで出かけていた数日間、城に襲撃はなかった。しかしお戻りになられた晩に襲撃があった。こちらの動きはある程度漏れていると考えるのが自然だ」

 深く考えているらしい。瞑目して、彼女は独り言のように続ける。

「しかし、狙われたのは陛下ではなくギルエラ……ただの騎士だ。つまり、陛下の行動範囲までは漏れてなかったのだろう」

 ヴァンパレスは反体制の過激派だ。憎んでいるのは女王陛下なので、手っ取り早く暗殺するなら騎士よりもそちらということになる。

 それをしなかったのは、できなかったからだ――メライアはそう言っているのだろう。

 彼女は一度深呼吸してから、目を開けてガリアに言った。

「内通者が居る。一度洗い出さないといけないな」

 それなら心当たりがある。確証はないが、とりあえず濡れ衣でもなんでも着せてやりたい相手だ。

「アリアが怪しい。事件の前に一緒に居た」

 ガリアの言葉に、メライアは怪訝そうな視線を向ける。

「根拠としては弱いな……それに君から私怨を感じる」

「バレたか」

「カマをかけただけだったんだがね。本当だとは思わなかった」

 そう言った彼女は呆れ顔をしていたが、すぐに真面目な眼差しに戻る。

「とはいえ、彼女は騎士の中でも新参者だ。君がどうこうしなくても、疑惑はすぐにかかるだろう」

 ざまあ見やがれ。ガリアが性格の悪い笑みを浮かべていると、しかし彼女はこう付け足す。

「……そして、それは君も同じことだ」

「は? 俺は潔白なんだが?」

 突如襲いかかった疑惑にガリアが不服の声を漏らした。呆れたようにため息を吐いた彼女は、指を立ててガリアに示しながら言う。

「無論、私は君を庇おう。だがそのためには、君にも協力してもらう必要がある。……そうだな、まずは騎士になってもらおうか」

 スラムのネズミから王国騎士へ~限界チンピラの成り上がり伝説~

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