アリアⅣ(クァット)
第22話 ギルエラの休日
地獄の騎士道事件から数日。メライアがお忍びで出かける女王陛下の護衛で出張しているので、ギルエラと一緒に仕事をしていた。
彼女のポジションは遊撃隊。通常業務はパトロールだ。担当場所は城下町全般。ギルエラが休みの日にはメライア達が交代して担当しているらしい。つまりあの日にメライアがパトロールに出ていたのはほとんど奇跡と言ってよかった。
公人として改めて街を回って見ていると、いくつも新たな発見がある。主にスラムの人間が邪魔だということだ。ゴミどもめ。
「いやあ浮浪者の輩はロクでもないなあ」
午前のパトロールを終えたガリアが過去の自分を棚に上げて愚痴をこぼすと、ギルエラは苦笑した。
「勝手に吸血甲冑作って乗り回しているような手合は滅多に居ないけどね……」
誰にでもできると思うんだけどな。
「それにしても、ガリアは本当に吸血甲冑の扱いが上手いよね。普通は初めての機体をあそこまで乗りこなせるものではない」
ギルエラは感心しているようだが、ガリアにはイマイチ実感が湧かなかった。
今日のパトロールであったこともそうだ。工事現場でオーガクラスが二機ほど喧嘩していたのだが、ガリアは予備の機体を一つ拝借して仲裁――もとい喧嘩両成敗で破壊した。かなり小規模の業者であり、使っていたのはダイダラボッチよりも数世代前の、ギルエラですら実物を見たことがないようなものだったらしい。しかしガリアはすぐに乗りこなし、慣れているはずの業者連中より器用に立ち回った。
どんなVMであってもなんとなくわかる。以前に連邦のカルドを拝借した時も驚かれていた気がするが、よくわからない。連邦製だろうがなんだろうがVMはVMだ。
「いや……同じじゃないけど、違うなりになんとなくわかるもんだろ」
ギルエラは頷き、部分的に肯定する。
「そうだね。なんとなくは……わかる。しかし、吸血甲冑は手なりでなんとなく動かせるようなものではないんだ。俺は機種転換訓練が一番苦手だったしね」
彼女は過去を懐かしむように言った。
「メライアは比較的得意な部類ではあったけど、君ほどじゃなかった。マリエッタなんて一度は投げ出しかけていたぐらいだ」
そもそも機種転換に訓練など必要なのだろうか。そこからしてガリアには疑問だった。
「……まあ、いい。俺は午後は非番だけど、君はどうだい?」
パトロール中の彼女の足取りがいつもより軽やかだったのはそのためか。そしてそれは、ガリアも同様だった。
「奇遇だな、俺もだ」
とはいえ非番に特段やることはない。ガリアが暇なのを察したのか、ギルエラはある提案をする。
「そうか。じゃあ一緒にランチでも行こうか」
デカケツ美人とランチができるなんて願ったり叶ったりだ。二つ返事で頷いたガリアは、激辛パスタ連続三店食べ比べに付き合わされることになるのだった。
※
汗が止まらない。味覚が崩壊した。舌が痺れるし内臓が異常をきたしている。心なしか目も痛い気がする。
上手く喋れないので視線で体の不調を訴えても、ギルエラは苦笑するばかりだった。
「辛いの苦手なんだねえ」
あれは人間の食事ではない。ただの刺激物だ。本来であればあの食物への冒涜とも言えるような刺激の奔流を持てる限りの語彙でこき下ろしたいところなのだが、今のガリアの口ではは行以外の発音ができないので諦めた。
それからしばらく街を歩いていたが、ガリアが本当に一言も喋らないので、流石に思うところがあったらしい。高いポーションを奢ってくれた。これに免じて激辛をこき下ろすのは勘弁してやろう。
「悪かったね。付き合わせてしまって」
本当に悪気はなかったのだろう。彼女の感覚は麻痺していたようだ。また巻き込まれるのは御免だが、今回は気まずいので社交辞令を返しておく。
「どうせ暇だったしな。別に構わん」
「そうかい? ありがとう」
中性的で鋭い顔つきのわりには、柔らかい笑い方をする。彼女の新しい魅力に触れたガリアは、気分が良くなったのでもう少し行動を共にしてみようと思った。
「飯食ったらいつもは何してるんだ?」
あまりバリエーションの多い人間ではないのだろう。彼女は迷うことなく答える。
「ピンボールばかりやっているよ。休み少ないし」
メライアの暮らしぶりを見るに、休みが少ないという印象はなかった。疑問符を浮かべるガリアに、ギルエラは苦笑する。
「……遊撃隊は欠員が多いから休暇が少ないんだよ」
世知辛い話だった。とはいえ、ここ数日話を聞いていた限りでは仕方ないようにも思える。確かに人は離れるだろう。背負う責任とマニュアルが多すぎる。彼女もそれはわかっているのか、端正な顔に苦しげな笑みを浮かべていた。
「しかしな、俺が辞めてしまえば本当に業務が回らなくなる。苦しいが、女王陛下の理想のためにもな」
いやあ偉い人って大変ですねえ。
「そうか。どころでピンボールってなんだ?」
「そこからか!」
※
ボールを弾いてピンの打たれたボードを転がす。これがピンボールだ。
ゲームセンターの一角に筐体が複数並んでおり、ディーラーから玉を買ってプレイする。スコアによっては使った以上の玉を貰うことができて、そのうえ玉を買うのと同じレートで換金することもできるのだ。これを本業にしている人間も居るとか居ないとか。
「君もやってみるかい? 俺が出資しよう」
カゴいっぱいの玉を抱えてギルエラは言う。本気度が窺える球数だ。そこから小カゴ三杯分ほど拝借し、並んで席に座った。
パチパチと玉を打つ。力いっぱい引っ張るととんでもない所に玉が入るし、逆に弱いと戻ってくる。なかなかに奥が深い。
特に会話するでもなく黙々と打つ。玉を半分ほど消費したところでちらりと隣の台を見やると、最初よりも玉が増えていた。
「……上手いもんだな。これでやってけるんじゃないか」
真剣な眼差しで台を見つめながら、ギルエラは呟く。
「打ち加減だけではない。何本か、マジックピン――略してマジピンって言って、魔法が掛かっているピンがある。これが玉に当たる度に微妙に角度や太さを変え、同じ力加減でも入らないようにしている」
「お、おう」
奥が深いんだな。
「マジピンは台によって配置が違うけど、当たり穴の近くには必ずある。目視じゃほとんどわからないけど、玉の動きでなんとなく推察はできる。最初の三十玉は捨て玉でピンの配置を確認するために打つ」
激辛巡りでもそうだったが、彼女は好きなものの話になると急に饒舌になる。普段も無口というわけではないが、どこかクールなキャラを装っているフシがあるのだ。性根ではあまり人付き合いが得意なタイプではないのかもしれない。
ガリアが話についてこれていないのに気づいたのか、彼女はばつが悪そうに話を変える。
「……因みに、マジータはピンの魔法を全部解いて出禁になった」
マジータちゃんはそういうことする。したうえで、『程度の低い魔法使ってる方が悪いよね』とか言う。
ガリアの手が止まっているのを見て、彼女は怪訝顔をする。
「……俺は楽しいが、君はどうだ? 無理に付き合わなくても良いんだぞ」
正直に言えばそろそろ飽きてきたところなのだが、彼女を放置して退散するというのも具合が悪い。それに美人の隣でギャンブルまがいのことに興じているというシチュエーションは悪くなかった。
「いや、楽しい。気にするな」
そんなわけで黙々とピンボールに興じていると、見覚えのあるエングレービングが目に入る。
「おや? あなた達は……」
赤い髪を長く伸ばし、仮面をつけた細身の騎士。口元はギルエラよりも更に中性的な顔立ちで、性別の判断がつかなかった。
「アリアか」
アリアと呼ばれたその騎士は、ピンボール台に向かうギルエラとガリアを見て口元を下げる。ともすれば少年のようにも聞こえる高い声が、この場を凍てつかせた。
「……プライベートとはいえ、騎士がギャンブルまがいのことに熱中するのはいかがなものかと」
休みの少ないギルエラにはこれぐらいしか楽しみがないのだ。アリアと言えば、先日も話題に上がった新人女騎士ではないか。新人風情が口出しするものではない。ガリアは立ち上がり、アリアに詰め寄る。
「は? 個人の自由だろ……」
突然突っかかってきたガリアに、アリアは首をひねった。
「ん? あなたは……ああ、ドラッグ横領の――」
背筋に冷たいものが走る。名誉が毀損される前にガリアは激昂した。
「横領じゃない、囮捜査だ!! 間違えるなよ!!」
彼女は挑発的な笑みを浮かべる。
「ああ、そういうことになっていましたね」
殺すぞ。
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