異世界『†ダークネス戦記†』転移譚

門松明弘

序章「消える黒歴史」

 中二病というものを知っているだろうか。

 文字通り、中学二年生の頃にかかりやすい病気であり、代表的な症状としては、自身が漫画やアニメ、ゲームの主人公で、特殊な力を持ってたり、戦う運命に縛られていると“妄想”することだ。

 ノートに自分の考えた武器や敵を描いたり、妄想上の戦いの記録を書く……。程度の差こそあれ、誰でも覚えがあるだろう。もしくは、自分の身の回りに、そういう子がいただろう。

 かく言う俺も、その中二病にかかっていた。発症したのは中学一年の終わりごろ。当時、クラスの男子たちの間で、交換ノートを使って自分の考えたキャラクターを戦わせる遊びが流行っていた。自分たちの読んでいる漫画や好きなゲームから設定を流用し、最強になるためにどんどん設定が追加されていく。インフレは止まることなく、時折過剰な力を抑えるルールも制定された。

 そんな状況に参加しながらも、俺は次第にその遊びに対して冷めた目を持つようになった。周りが子供っぽいことに嫌気が差したのだろう。だが、何を間違ったか、俺はその“大人”である自分を妄想に置き換えた。

 “黒曜”。俺は自分にそんな二つ名を付けた。闇の中に溶け込む光として、闇の軍勢と戦う主人公だ。もう、なんていうか、この時点ですごく「イタい」。仲間内で想像を膨らませるだけならまだお遊びで済むが、俺の場合「虚構ではない、真の戦士」とか言い始めていた。

 中二の俺の行動は日を追って酷くなっていった。最初は手の甲に筆ペンで紋章を描いたり(風呂に入ると消えた)、誰もいない学校の屋上でポーズをとったりしていたが、次第にエアガンにモーター仕込んでフルオートにしたり、自宅周辺に爆竹と連動するワイヤートラップを設置したりしていた。両方とも実害が出る前に両親と担任と警察に処理された。めちゃくちゃ怒られた。クソだせえな闇の戦士。

 そんなこんなで日々を過ごしていた俺だが、三年生に上がる頃には病も鳴りを潜めていった。流石に受験勉強という現実を直視し始めたのだ。お前虚構じゃないとか言ってなかったか。

 ともあれ中二病の原因となったノートはその頃に封印し、何とか高校受験も上手くいき、現在、高校二年の俺に至るわけだが。

「……無い」

 年の暮れ。学校が休みということでダラダラと毎日を過ごしていた俺だが、母親に部屋の掃除をするように言われ、重い腰を引きずりながら自室の片づけをしていた時。

 件の黒歴史ノートが無くなっていた。タイトルに「†ダークネス戦記†」と書かれたそれは、本棚の奥にしまっていた。封印するにあたって俺は本棚の一部を二重構造にして、CDを大量に並べた。誰に見られるわけでもないが、こうすれば簡単に見つかることはないと工夫したのだ。

 だが、崩れかけたCDの並びを整えている時に気が付いた。CDがいくつか足りなくなっている。いや、それどころか二重構造にするための板すら無くなっている。ノートを中心として、その空間が丸ごと消えている。いや、それこそ妄想じゃねえんだからよ。

 と、何かあるな。……カード? 何か書いてるけど、英語じゃないな。ドイツ語でもなさそうだ。あ、ドイツ語は中二病の副産物で、少しだけ単語知ってる程度な。「クーゲルシュライバー」って、格好いいけど「万年筆」とか「ボールペン」って意味だからな。

 話が逸れた。とにかく今はノートを探さないと。誰かの手に渡っているなんてことはないだろうけど、万が一にもそんなことがあれば。

「死ぬ……!」

 少なくとも今の高校生活は台無しになる。俺はスクールカーストでは中の中くらいで留まっているのだが、黒歴史が晒された瞬間にそれは下の下まで落ちる可能性がある。良くても下の中だ。

 ここ最近でノートを触った記憶は全くない。両親が触った痕跡もない。クラスの友人を部屋に上げることはあるが、当然あいつらにもノートの存在は知られていないし本棚も触られていない。他の誰かが盗みに入ったなんてことは最もあり得ない。他に盗むものあるだろ。

「あとこのカードも不可解なんだよな……」

 書かれている文字や紋章は中二病時代の俺が見ると目を輝かせそうだが、作った記憶は全くない。だったら考えられるのは……

「ストーカー……?」

 どこかで中二病時代の俺を好きになった奴がいて、そいつが俺に憧れるあまり俺の家を特定して部屋に忍び込み、ノートとこのカードを取り換えた、とか。

「いやいやいやないないない」

 首を大きく横に振る。割とありそうな気もするが、流石にそれは無い。というか無い方がいい。

 だが、手掛かりになりそうなのがこのカードであることも確かだ。試しにスマホで写真を撮り、インターネットで文字を調べてみる。だが、どこの国の文字にも当てはまらないようだ。

「まあネットだと表面的なところしか分からんしなー」

 図書館で調べよう。幸い近くの図書館はまだ休みに入っていない。歩いて十分程度の場所にあるから昔からよく利用しているのだ。

 コートに袖を通し、財布とスマホをポケットに突っ込む。掃除の途中で開けたままの部屋の扉を通って、階段へ。一階に降りるとリビングで両親が掃除をしていた。「ちょっと図書館に行ってくる」。言いながら、玄関へ。スニーカーに足を突っ込んで、そのまま扉を開く。

「雪降ってきてるから気を付けなさいよー」母さんの声を聞き流しながら、玄関をくぐる。


 空が燃えていた。

「は?」

 何かすごい空が赤いんだが。というか、景色一面赤いんだが。そもそも住宅街ですらねえ。あれ? 俺今寝てたか? 雪じゃなくて火が降ってきているんだが。母さん天気予報間違って――

 玄関扉がない。というか家がない。

 疑問符が頭の中を埋め尽くす。今の状況が理解できない。景色が情報としてセーブできない。夢だろ、これ。ほらめっちゃ痛え! 右手で顔に全力グーパンするなよ! てかうるせえ。叫び声でオーケストラかライブでもしてんのか。

 あー何か飛んできた。鳥じゃないなーあれ。ドラゴンってものに似てるなー存在しないはずだけど。

 すっげえ周りがうるさい。何の音かは分からない。周りがいやに赤い。何の赤かは分からない。情報が飽和している。あ、駄目だ。これ正気保てないやつだ。脳の処理が限界に達してるわ。強制終了するやつだ――

 音も色も消え、視界が暗転した。

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