実験体の赤

浅田 時雨

第1話 始まりの島

春風は時々、陽気と共に良くない物を運んでくる。

それは予想できず、対処できず、逃れられない。

後悔なんて言葉じゃ言い表せない。

春風が運んだそれは、僕の生き方を大きく変えた。

万華鏡のように見える景色が滑らかに変わる。しかし、そこには自由はなく。あるのは他者の「夢」という名の「醜悪な欲望」。

そんなものが作り出したものは、きっと「とんでもなくろくでもない」。


先も無ければ後も無い。そんな話をするとしよう。



ある日、僕はいつものように昼食を終え、研究室に戻ろうとした。

「おーい、ちょっと待てよ」

聞きなじみのある声は誰に言っているかを言葉にせずとも、ここぞとばかりに主張してきた。

「何だい冬雨とうう?」

「ああ、お前に渡せってセキさんがな」

セキさんって確か・・・・赤咲あかざき所長か。所長から渡される物って何だろう?

そう思いながら、いつもとは違う笑みを浮かべる親友からA4程の封筒受け取る。

厚さ、重さは全然無く、入っているのは少し厚めな紙が2、3枚かな?

とにかく今は一旦これをしまってから研究室に行こうと思ったんだけど、目の前でビリビリともう一つの封筒を開けているこの男を無視しても良いのだろうか?

というか、人通りの多い通路で中身が気になってすぐ開けるって・・・。

相変わらず子供っぽいなと呆れ、冬雨が中身を確認し終えるまで待つことにした。

少しすると、冬雨はいつも以上の輝いた目を向けて満面の笑みでこう言った。

「すげぇぞ!嘘みたいだ!」

「・・・えぇ?」

喜びで狂喜乱舞している冬雨に若干引いている中、僕も封筒の中身への興味が一層強くなった。

「ど、どうしたんだい?何が書いて・・・!?」

冬雨から一枚の資料を奪い取ると、そこに書いてあったのは、

           【未開達地調査隊の参加要請】

未開達地?この時代にもなってほぼ調べ尽くされているであろう世界に発見されていなかった土地がある?そんな事あるはずが無い。

あったとしてもなぜ僕たちのようなただの研究員に?

立て続きに押し寄せる疑問の波は、僕を数秒硬直させるには十分過ぎる衝撃だった。

僕が落ち着きを取り戻したと同時に冬雨も正気に戻ったようだ。

「と、とにかく!分からない事が多すぎるから所長の所に行こう」


所長室の扉を軽く3度ノックし、「どうぞ」と返事が聞こえるとドアノブを引いた。

「失礼します。先程頂いた資料について少々気になる所があり、その件についてお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

僕と冬雨は、所長室の装飾が華やかな重厚感のある焦げ茶の机前で真剣な面持ちで赤咲所長に質問をすると。

「立ち話もあれだ。部屋を変えよう」

所長は、高価そうな皮の椅子から立ち上がり、隣の会議室に僕たちを招き入れ、椅子に座ることを勧めた。

「失礼します」といい、椅子に浅く腰掛ける。

その後、数秒間の静寂が訪れた。空気がドッと重くなるのを感じる。

「君達に今回参加をお願いしたいのが、この島の調査だ」

所長は話を切り出すと同時に会議室に備え付けられていたプロジェクターを操作し、緑豊かな小さな島を映し出した。

「セキさッ・・・所長。この島の調査ですか?資料では、今年度内のどこかで突如発生したばかりの島だって聞いてたんですが」

冬雨が所長をあだ名で呼びかけたから、頭を叩いたのでちょっと所長が驚いていたけどまあ大丈夫だと思う。

でも確かにおかしい。資料には写真は添付されていなかったけど、こんな自然が溢れているはずが無い。

所長は、冬雨の意見を聞いた後、険しい表情でこう言った。

「そう。この島だ。なぜか、数ヶ月前まで無かったはずのただの海に突然現れ。

本来何年、何十年、何百年とかけて成長し生まれるはずの土、植物、獣がこの島には存在している。これは限りなく異常だよ」


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