天道ころな、魔法少女です!

鈴木カイル

プロローグ

「キャァァァ――ッ!!」


 平和なはずの商店街に突如として、甲高い女性の悲鳴が響き渡る。


「助けてぇ! 怪人よ!」


 凄惨な声を上げて叫ぶ女性とは対照的に、愉悦に満ちた下卑た声が聞こえてくる。


「ぐえっへっへ……可愛い顔して、随分と大胆な下着をはいてるじゃねぇか!」


 男――全身黒タイツを被り、顔には白い仮面を身につけた奇っ怪な人物は、両手の指をうねうねと動かしながら女性へとにじり寄っていく。


「いやぁぁぁ! やめてぇぇぇ!」


 女性は顔を青ざめさせ怯えるように、いやいやと首を振って後ずさる。

 男は身をかがませると、何もない空間めがけて腕を振るう。


「そらぁ――もう一回!」

「いやぁぁぁ――!!」


 それと同時に、女性のはいていたスカートが大きくめくれた。

 男は距離を無視したように、見えざる手により女性まで手を伸ばしたかのようだった。

 自らの下着が衆人環視の前に晒され、女性は顔を紅潮させて羞恥の声を上げる。


「ぐえっへっへっ! これだから、スカートめくりはやめられないぜ!!」


 しゃがみ込んでしまった女性を見て、男はくつくつと肩を揺らして高笑いをする。


「待ちなさい!」


 そんな男の後ろから、毅然とした声が放たれる。

「んん……この俺になにか用かぁ?」


 男は振り返ると、怪訝そうに首を傾げる。

 そこにいたのは、三人の少女たちだった。


「【見えざるインビジブル・ハンド】――スカート捲りを行う悪質な怪人。あなたの好きにはさせないからっ」


 中学生くらいの年齢に見える彼女たちは、全員がフリルやリボンなどの可憐な装飾が施された色とりどりなコスチュームを身にまとっていた。


「暗闇を照らす夜の太陽――サンシャイン!」

「夜空を駆ける一条の光――コメット!」

「燦然と降り注ぐ星の雨――ミーティア!」

「悪は!」

「怪人は!」

「犯罪者は!」

「「「私たち、シューティングスターズが許さない!!」」」


 少女たちはポージングと共に、お約束とも言える口上を述べていく。


 その可憐かつ活力的な姿はまるで、テレビの中で活躍する正義の味方――

 例えるなら、魔法少女を想起させる。


 シューティングスターズと名乗った少女たちを見て、男は仮面の下の口元を吊り上げた。


「くっくっくっ……来たな、忌々しい魔法少女め」


 彼が口にしたように事実、彼女たちは“魔法少女”だった。

 正義の味方たる彼女たちは、悪事を働く怪人を野放しにはしておけない。


「覚悟しなさいよ、今日こそあんたを止めてみせる!」


 勢いよく啖呵を切ると、三人の中で切り込み隊長のコメットが男に向かって駆け出した。


 サンシャインはその間に、しゃがみ込んでいた女性をこの場から逃がす。


「食らえっ!」


 コメットは両手に持ったトンファーで殴りかかるが、攻撃は男まで届かない。


「はははっ、そんな温い攻撃が効くか」


 男の異能――《不可視の手》によって、コメットの攻撃は次々と防がれる。


「くくっ、今度はこっちの番だ――!」


 男は後ろに飛び退き、コメットから距離を取る。

 次に腰を落として、先ほどと同じように宙を掴むかのように腕を振るう。


「キャァァァァ――ッ!?」


 するとコメットのスカートは、まるで強風にさらわれたように大きくまくりあげられ、彼女は必死にその場でスカートを押さえて悲鳴を上げた。


「よくもコメットを!」


 それを見たミーティアは、すかさず構えた杖を男へと向ける。

 中衛で機会をうかがっていた彼女も、ここぞとばかりに援護に回った。


「ウィップ・ホールド!」


 魔法を発動すると、ミーティアの杖の先から光が放たれた。

 ホールドと呼ばれる拘束用の魔法は、鞭のようにうねって男を捕縛しようと襲いかかる。


「ははっ、遅い遅い」


 男は光を見るなり走り出し、ミーティアの放ったホールドを悠々と回避してみせる。


「この! ちょこまか、と――ッ!!」


 魔法を軽くいなされたミィーティアは、ムキなってホールドを次々と連射していく。


「さっきはよくもやってくれたわね……!」


 そんな中、男に向かって、怒号じみた声が放たれる。


 ショックから立ち直ったコメットが、ミーティアへ合わせるように男へと接近していた。

 その顔はまだ羞恥に赤らんでいて、絶対に許さないと表情が物語っている。


「くっ、くくっ――そぉうら!」


 肉迫してくるコメットを見て、男は不敵に笑って見せる。

 次いで右腕を振るうと、不可視の手はコメットの右足首を掴んだ。


「なっ――!?」


 足首を掴んだ不可視の手は、軽々とコメットを後方へと投げ飛ばす。

 その先には今まさに、追撃を放とうとしたミーティアがいた。


「きゃっ――!!」 


 激しく交錯し、悲鳴を上げるコメットとミーティア。

 防御魔法によってケガは免れてはいるが、衝撃から二人は思わず目を回してしまった。


「お待たせ、二人とも!」


 ここで女性を逃がし終わったサンシャインが、現場へと戻ってきた。


「よくもコメットとミーティアを……許さないだからっ」


 サンシャインは、キッと男を睨みつけ杖を構えた。

 杖の先には彼女の感情に呼応するように、眩い光が球状に収束していくのが分かる。


「サンライト――シュゥゥゥゥット!!」


 雄々しい叫びと共に、サンシャインは渾身の魔法を放つ。

 その瞬間、球状の光は放たれた矢のように射出され、男へと向かって襲いかかった。


「くっくっく――もっと周りをよく見るんだなぁ!」


 男はヒラリと身軽な動作で攻撃を回避すると、意味深に高笑いをしてみせる。


「ア、イタタタ……くそっ、あいつ……やってくれたわね」

「痛ーい……ちょっとコメット、足引っ張んないでよ」

「別に好きでぶつかったわけじゃない」

「油断してるからそうなるのよ」

「そんなこと言ったらミーティアだって、ぜんぜんホールド当たってなかったじゃない!!」

「こ、今回はたまたまよ!」

「いつものことでしょ」

「なによ、このダメ前衛!」

「うっさい、このヘタクソ中衛!」


 男が回避した後には、互いの失態に対して口論するコメットとミーティアの姿があった。

 サンシャインは男に狙いを定めるのに夢中で、二人の存在を完全に忘れていた。


「あ――」


 サンシャインは血の気の引いた顔で、思わず声を漏らす。

 ここまで来れば放たれた攻撃は、もはや止めることができない。

 それはつまり――


「二人とも避けてぇぇぇ――ッ!!」


 サンシャインは必死に声を上げるが、全てはもう遅かった。


「え、ちょ……待っ――」

「きゃあああぁぁぁ――!?」


 もはや回避不可能な攻撃を目の前にして、二人は口論をやめて驚愕の表情を浮かべる。


 続いて二人の悲鳴と共に聞こえてくるのは、大きな爆発音だった。


 それはつまりシューティングスターズの敗北を意味することであり、彼女たちが怪人を取り逃してしまったことに他ならなかった。

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