土曜日5 ヒーローと怪人

 寝言で「ふざけんなバカヤロー」と叫んでいる自分に気がついて目が覚めた。iPhoneのホームボタンを押してディスプレイを見ると、時計は8:40を示しており、玄関の向こう側にある両親の存在している空間から掃除機の音が聴こえる。まだ、眠い。左肩甲骨の内側がズキズキ痛む。オナニーがしたい。でも、する気力がない。ウルトラマンみたいな筋肉ムキムキな感じの正義のヒーローに首を締められて殺されたい。かといって自分の手で自分の首を締めたりはしない。そんなことをしても気持ちよくなれないことは既に知っている。


 さっき見ていた夢の内容を思い出そうとした。起きた時はなんとなく覚えていたような気がするのだけれど、もう思い出せなかった。クソだるい。オナニーしたいのにだるくてオナニーできない。辛い。


 ところでオナニーのオカズに関して話すとキリがないのだけれど、幼稚園児の頃にはすでにエッチなことに関する萌芽がおへその下から外に飛び出そうとしていた。その頃のわたしは超獣戦隊ライブマンの実写絵本を暗い押入れに篭ってドキドキしながら読んでいた。懐中電灯を絵本に照らしながら、悪の怪人が超獣戦隊ライブマンに3人がかりで取り押さえられ、ボコボコにされているシーンを凝視して、少し汚れて黒ずんだ白い手袋で怪人の顔面をぶん殴っているヒーローを見て、変な気分になっていた。まだ、その頃はオナニーすることを覚えていなかったけれど、それが『いけない感情』だということは分かっていた。

 しかし、性的な本能に基づく感情の他に、もう一つの異質な倫理と道徳を伴う感情も内臓を引っ掻き回してた。憐憫。嫉妬。慈愛。憎悪。悲哀。わたしは集団でボコボコにされて倒される怪人に感情移入していた。なんで超獣戦隊のヒーローたちは、こんな酷いことをするんだろう。怪人だってケツイを持って生きているのに。ぼくも悪いことをしたら、こんなふうに羽交い締めにされてタコ殴りにされて最期に大砲で撃たれて木っ端微塵にされちゃうのか。そうとも。ぼくだってそうなるべきなんだ。ぼくはいつも悪いことをしている。卵を蓄えてお腹が大きくなったカマキリを砂場に運んで石ですり潰して遊んだり標本キットに入っている注射器と緑と赤の薬を使って蝉の背中に注射して死んだ蝉の関節から胴体をまっぷたつに割って中の空洞に溜まっている液体を見ながらワクワクしていたりしているのだからぼくは殺されるべき怪人だぼくはヒーロー戦隊に木っ端微塵に殺されなければならない。


 でも、そんなのイヤだ!


 しかしその後もわたしはウルトラマン、仮面ライダー、超獣戦隊ライブマン、大人になっても、『ふたりはプリキュア』などという戦う魔法少女をあえて見ることで、消し去られてしまう怪人側に感情移入しながら、正義のヒーローが悪を討つという典型的な物語を吸収し続けた。ホラー映画を鑑賞するように。恐怖をそれ以上の恐怖によって打ち砕く方法を見つけるために。


 そして今朝のわたしは世界に滅ぼされることが運命づけられている悪人たちの苦しみと同化しながら、《彼らは自分と同じだ。悪として葬られる。この世界に不必要な存在として。しかし、どうして彼らがこの世界に不必要だと決めつけられねばならないのか? 彼らは彼らで理想の世界を作るために、それを行っただけではないか。自分勝手に他者に対して必要と不要を選別している貴様らこそ、滅びるべきだ!》オナニーする。なかなか気持ちよくならなかった。ただ中途半端な気持ちのまま1日を過ごすのが嫌だったので、2時間くらいかけて、なんとか最後までやった。久しぶりだった。ざまあみやがれ! と、思った。もうとっくにお昼を過ぎていた。


 わたしは、ようやくベッドから起き上がり、ケツイを抱いた。


 今こそ正義のヒーローどもに抵抗するための悪意に満ちた世界を作ってやろう。


 立ち上がる。パソコンの前に座った。ちゃんと椅子に座るのは久しぶりだった。いつもはベッドか地べたに座ってメシを食ったり漫画を読んだりゲームをしていたので。

 っていうかこの前、喫茶店で椅子に座ったか。でも、家で椅子に座るのは久しぶりだ。などと、ごちゃごちゃ考えながらパソコンを立ち上げた。マイクロソフトのワードを開く。キーボードをタッチしながら、ディスプレイの中にある白い世界を黒い文字で一気に埋めていく。


 悪への自由を取り戻すために。


 そしていつか、この真っ黒な文字列が、お金になればいいんだけどなあ。と、下世話なことを考えながらそのまま夜中まで、地獄の底から天空に向かって喚き散らすような物語を書き続けた。

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