火曜日18 パンとスクランブルエッグ

 起きる。朝の8:20。ところで、わたしは数年前から実家に舞い戻って両親と暮らしている。現在、家には月に一万円しか入れていない。稼いだお金のほとんどを、自分の娯楽費に使い込んでしまうからだ。わたしは今、ゴミのような人間に成り果てている。にも関わらず、わたしの両親はわたしに対して嫌な顔一つせず、「ずっと家にいていいんだからね」と、言ってくれる。


 心臓が張り裂けそうだ。


 テーブルにパンとスクランブルエッグ。トマトにチーズにレタスが載った白い皿が置いてあった。わたしが寝ている間に、母が持ってきてくれたのだろう。

 わたしは引きこもりの中年の精神病者のオカマなのだ。はは。と、つい自虐的に笑ってしまう。自虐できる自分に満足してしまう。いまのわたしは自分でメシを作ることもできず、一日中ゲームをして漫画や映画を観て、ツイッターで偉そうなことを呟いたりして、まるで王様のような暮らしっぷり。とても居心地がいい。


 ここ最近にしては今日は暖かい。それでもTシャツとパンツだけの格好では流石に寒い。ストーブを点ける。ストーブの前のフローリングにしゃがみ込んで、火に当たりながら。用意してくれたパンと卵とレタスを犬のようにがっついて平らげる。食べ終わったらサインバルタを2錠、レキソタンを1錠、コンサータを1錠飲んで、また布団に入って、ウトウトしながら、

「死にたい」

 と、呟いた。嘘だ。本当は死にたくなんかない。


 でも、もう何もしたくない。本当はご飯だって食べたくない。でも、肉体がそれを求めてしまう。プリンが食べたい。お寿司が食べたい。お肉が食べたい。生きたい。自分の力で生きていきたい。でも、何もする気になれない。自分には生きる能力が欠けている。自分の手の甲を見る。うっすらと青い血管が走っている。それが不思議で仕方がなかった。iPhoneが震えていた。ぶるるる。ぶるるる。と、震えていた。わたしはビクビクしながらそれを睨みつける。「だから、電話で連絡しないでって言ってんだろ!」

 頭をくしゃくしゃにしながらスマホを取る。先輩マジシャンからだった。明日の午後5:00に川崎の現場を追加でやって欲しいとのことだった。そのあと、午後7:30に新橋で手品をしてくれという指示。


 もう何もしたくないです。


 と、喉から言葉が溢れ出てしまいそうだった。けれど、唾と一緒にその言葉を飲み込んだ。


「分かりました。やります。時間は大丈夫ですか? 川崎の現場から新橋まで間に合いますか?」


 東海道線で川崎から新橋まで2駅だから大丈夫だと言われた。


「分かりました。ありがとうございます。いつも感謝してます。よろしくお願いします」


 そう言って電話を切る。感謝してる。それは嘘ではない。わたしのようなクズ人間に仕事を振ってくれることに感謝してる。でも、もう何もしたくなかった。


 重い。身体が異様に重かった。この文章を書き連ねるのも苦痛でたまらない。明日のことを考えると、吐きそうになる。怖かった。何もかもが怖かった。わたしはこれからどうしたらいいのだろう。全く、何も、分からなかった。いつのまにか眠っていた。起きたのは午後6:00だった。母が呼んでいる。

「ご飯できたよ〜」

 わたしはフラフラ起き上がり、玄関の向こう側(家は二世帯住宅で、そのうちの一世帯をわたしが使わせてもらっている)にある食卓に向かう。とろろとご飯。お味噌汁と緑茶が置いてあった。「美味しそう、ありがとう」そう言ってわたしは炊きたてのご飯の真ん中に箸で穴を空けて、とろろをぶち込んで、一気に混ぜる。口の中にかっ込んだ。早く向こうの部屋にもどりたかった。3分で食事を済ませた。「ごちそうさま。美味しかった」といって、流し台に置いて洗うこともせずに、自分の部屋に戻った。精神安定剤を飲む。そして、歯を磨く。まだ、夜の6:30だった。早く今日という日が終わって欲しい。でも、明日という日も来て欲しくなかった。何もしたくない。何もしないでずっと布団の中で丸まっていたい。永遠に時間が消え去って欲しい。


 いつの間にか、夜の1:50になっていた。


 生きているのか死んでいるのか全くよく分からない。口の中が気持ち悪いのでもう一度歯磨きをする。イソジンで口をゆすぐ。頬の内側の口内炎が沁みる。それから、ピルカッターで女性ホルモン剤を割って睡眠導入剤と一緒に口に含む。冷蔵庫からペットボトルの水を直飲みして胃に流し込む。布団に入った。ふわふわして気持ちがいい。ずっとこのままふわふわしていたかった。でも、どんなに抗ったところで、きっと眠りに落ちるのだ。そして明日はやってきてしまうのだろう。

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