「王都の娘たちが熱狂する近衛二番隊の偶像事情」2
サヴィローネの恋愛話に一応の決着を見て、席に着いた四人の娘たちは、各々が持ち寄った似絵の品評会を開始していた。王太子とその騎士たちの行進見物に先立って行っている、恒例のお楽しみである。
他の三人が我先にと取り出した、新作似絵を一通り鑑賞し終えたところで、デジレが裏向けた一枚で口元を隠しながら、勿体ぶってくふふっと笑んだ。
「今日はわたくし、とっても凄いの持ってきましたよ」
「凄いのって?」
「うふふふふ、特別入手しちゃいました! 昨年辞職なさった幻の前任副隊長、ランディ・ウォルターラント様の似絵!」
「わあっ!」
「本気で凄いのだった! 早く見せて!」
「入手経路はどちらなのですか!?」
期待通りの食い付きを見せる友人たちにほくほくしながら、それでもなお焦らすようにデジレは、裏向けたままの似絵を顔の横でふりふりと振った。
「ふふっ、うちは画商ですからね。お付き合いのある画家様やお弟子さんの中に、お小遣い稼ぎで似絵の版下を描いてらっしゃる方が何名かいらっしゃるのです。そこから伝手を辿って辿って……。もともとはとある女官様の、口述をもとに作画された特注品だったそうですよ」
デジレのその説明に、サヴィローネが不思議そうな顔をした。
「口述って……、人相書きを描くみたいですね? ランディ様にお会いされた方ご本人が描かれたのではないのですか?」
「基本部外者には、ご面会なさらなかったという御方ですからねえ。商売目的の絵描きさんなんてもっての他でしょう。まあこれを見たら、発注された女官様の執念が理解できるわよ。人様の肖像画を、勝手に描かせるのは問題ですけれど、王太子殿下や近衛二番隊の騎士様に関しては、似絵という形ならば黙認されていますからね。そうまでなさってランディ様の姿絵を、お持ちになっていたかったのね、っていう」
言いながらデジレがようやく披露してくれた似絵に、残りの三人は額をぶつけそうになりながらわっと群がった。白い制服を纏った騎士の、胸から上を描いただけというありふれた構図であったが、そこに描かれていた青年の容貌は驚きに満ちたものだった。
「……どなたですって? この黒髪の美男子様は?」
「近衛二番隊の前任副隊長、ランディ・ウォルターラント様。しかしてその実態は、
確認を取るジョセフィーに、デジレはさっきからそう言っているだろうとは突っ込まず、懇切丁寧に答えてやった。
「ううう、一度だけでもいいから、生でっ、近衛騎士の制服でっ、ランディ様を拝見したかった……! 去年は激震が走ったわよね。王太子殿下の参謀としてのお勤めで、荒事はこなされないからと表に出られることのなかった副隊長様が、社交嫌いの変人だとか、引き籠りの根暗だとか、平民混じりの雑種だとか、散々な言われ様をなさってきた、公爵令息様と同一人物だったなんて……!」
昨秋、辺境の村で起こった出来事が起因となって、その事実が王都で明るみに出るや否や、急な辞職をしてしまったランディ・ウォルターラントの制服姿を惜しみながらルナダリアが嘆いた。
その正体であったサリフォール公爵令息ランドリューシュには、この先運が良ければ社交の場でお目にかかれる機会があるかもしれないが、近衛騎士の制服をこよなく愛好するルナダリアにとっては、本人の美醜といったものよりも、それを着用しているか否かということの方が肝要なのだった。
「変人でいらっしゃるのも引き籠りでいらしたのも、ある意味間違っていない気はしますけれどね。雑種という言い方はとっても失礼だと思うけれど、筆頭公爵家のご嫡男で、王位継承権だってお持ちの最高位の公子様なのに、お父様が平民でいらっしゃるのも事実だし」
祖母は降嫁した王女、母は女傑と名高い女公爵でありながら、父はその使用人である平民の庭師という、ランドリューシュとその弟は他に類を見ないような特殊な生まれである。
血統に重きを置くデレスの貴族階級の人々に、非常に複雑な気持ちを抱かせる公子であり、国王夫妻と女公爵の密約の下、悪口を真実と思わせその見くびりを利用して、平民出身の騎士という世を欺く仮の身分で出仕し、着実に王太子の信を勝ち得ていたところ、正に『先祖が狸』と人々に言わしめるサリフォール家の子息であった。
「何に致しましても、こうして似絵を見せて頂きましたら、ランディ様がお姿を隠されて来られた理由はわかる気がします。偽名を使われる意味がないくらい、王太子殿下と似ておいでのようですもの。そもそもランディ様というお名前も、ランドリューシュ様というご本名からとられたご愛称なのでしょうし」
「そうよねえ。これではご素性が一発でわかっちゃう」
ランディ・ウォルターラントの似絵の隣に、持参した王太子アレフキースの似絵を並べながら、ジョセフィーはサヴィローネの意見に深く同調した。共に黒髪黒目で、その凛とした顔立ちにデレス王家の特色が色濃く表れた王子と公子は、生き写しとまではゆかないまでも、まるで兄弟の如くであった。
「サリフォール女公爵様は王后陛下とご姉妹で、国王陛下とはお従兄妹でいらっしゃるから、厳密にいうとアレフキース殿下とランディ様は、従兄弟で
四人の娘たちの中で、デジレは最も情報通だ。小麦色の肌をした南方系混血美女のデジレは、その異国的な美によって芸術家たちの閃きを刺激しており、彼らの同伴者を務めることが度々あって、貴族社会に広まる噂を聞きつける機会も多かった。
「まあ! そこまで似てらっしゃるの!」
「らしいですよ。時々街中で、お忍び中の王太子殿下を見かけた! なんて、眉唾ものの目撃情報が飛び交うことがありましたけれど、それもこれも全て、実は殿下ではなくランディ様だったのでは? というお話も……。
今では堂々と出歩いてらっしゃるようですけれど。美人女優だったり有閑夫人だったり、毎回違うご婦人をエスコートされて。熟年世代の方に格別人気がおありだから、年増殺しなんてお声も聞くわね」
「ううっ、危険な御方っ……!」
身悶えるルナダリアの隣で、サヴィローネは眉根を寄せた。
「そのような御方だったのですか! 不潔です。不潔!」
「あら、今はもう騎士様ではないですし、女性から寄って行かれるのでしょうし、恋は遊戯と割り切れる大人の方とだけ、遊んでらっしゃるのだから良心的じゃありません? 同じおもてになるのでも、サヴィのエリオール様は、硬派で身綺麗な方なのだから安心すればいいですよ」
「どっ、どうしてそのようなお話になるのでしょうか?」
動揺を見せるサヴィローネに、三人の友人たちはにやりと顔を見合わせてから一斉に振り向いた。
「羨ましいから」
「どうしてお声を揃えられるのでしょうっ?」
そうしてからかいからかわれていると、外からわっと歓声が聞こえてきた。娘たちは通りに面した窓を押し開けて、一つの窓枠に二人ずつ仲良く飛びついた。
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