第二話「ただの義理です! 義理なのです」

「何が『なるほど』なのですか?」

「ああ、いや、こういった品は対で贈るものだと」

「そちらも王太子殿下がおっしゃったわけですか?」


 これまでのお話の流れから、わたくしがそう予想を立てて伺いますと、思った通りにエリーは首肯されたのでした。


「確かに一つでいいとは言ったが、今サヴィが手にしている、それに決めたなら一客では駄目だと。自分があまりに疎いものだから、どうやら見るに見かねられてしまったようで」


 見かけよりも初心うぶなエリーに、何かとお世話を焼かれたようですけれど、それでよろしいのですか? 王太子殿下。という気持ちがしないでもありません。と、申しますのも。


「王太子殿下は、女性に贈り物をされることにも慣れてらっしゃるご様子ですのに、どうして恋らしい恋のお噂もなく、いつまでもお独り身でいらっしゃるのでしょう? 夏と秋と、今年二度もお出かけになられた外遊は、国王陛下が企画された、王太子殿下のお見合い周遊旅行という風聞でしたけれど、おめでたいお話は聞けそうなのでしょうか?」


 わたくしが思い付くままに疑問を口に致しますと、エリーは気まずげにぼそりと一言。

「……守秘義務が」

「あっ……! そうでしたね」


 いけませんいけません。エリーは王太子殿下の側近でいらして、殿下の御事情に直接通じてらっしゃるわけですから、家族やお友達やお知り合いと、無責任な噂話を致しますのと同じような感覚でいてはなりません。

 反省しながら手の中の茶器を、卓上にあるもう一客のお隣に並べまして、わたくしがその美しい一対に改めて魅せられておりますと、


「ご自身のご結婚について、殿下は真剣に考えておられる。慶事に繋がるようなことがあれば、正式発表されるだろうから」

 と、当たり障りのない範囲のことを、エリーは実直にお教え下さったのでした。



「はい。王太子殿下が、どちらのお国からどのようなお妃様をお迎えになられることになるのでしょうか、一国民として楽しみにしておきます。王族の方のご成婚をお祝いできるなんて、一生のうちに何度もあることではないですから、ついつい気になってしまいまして」


 御歳おんとし二十二歳の王太子殿下は、適齢期の真っ只中でいらっしゃいます。ちょうどエリーと同い年であられますから、より意識されてしまうのかもしれません。

 我が国デレスは歴史の長い豊かな国ですし、王太子殿下ご自身も、男性的な魅力に満ちた王子様であらせられます。同盟国や友好国の王女様でも、国内貴族のお嬢様でも、選り取り見取りにお選びになられるお立場でしょうから、贅沢にお迷いでいらっしゃるのでしょうか? なんて考えてしまいます。


「そんなに気になるものだろうか?」


「だって、王子様とお姫様のご結婚なのですよ! 母様から、今上きんじょう陛下御夫妻は美男美女で、夏の初めに取り行われたご婚儀の日は、王都の街中白百合のお花でいっぱいで、素晴らしかったと聞き及んでおります。お二人のお血を継がれた王太子殿下は、お背の高いサリュート様ですもの、それはもう美々しい花婿様におなりでしょう。

 晴れの日の花嫁様は当然お美しいでしょうし、お衣裳はどちらで仕立てられるのでしょうか? とか、ヴェールはどれだけ長く引かれるでしょうか? とか、やはり王太子殿下の神聖名が入った、【夏男神の百合】サリュートキュリストをお身に着けられるため夏のお式にされるのでしょうか? とか、それとも【愛の女神】フィオの祝福を得られますように、【秋女神の薔薇】フィオフィニアの咲く秋にされるのでしょうか? とか、花嫁様の個性やお好みに合わせて、【春女神の菫】フレイアシュテュア【冬男神の椿】オルディンタリジンというのも愛を感じて良いですよね! とか! 想像だけでわくわくしてきます」


 わたくしたちデレスの国民が信仰致しますのは、国教として定められております、春のフレイア、夏のサリュート、秋のフィオ、冬のオルディンという、四柱の【四季神】ルーディル教の神様たちです。

 それぞれの季節の神様の象徴となります、お花を飾って嫁いだ花嫁様は幸せになれるのです! というのが、古来よりの言い伝えですから、王太子殿下のご結婚ともなれば、街角にまで神様のお花が溢れるお式になることでしょう。


「国の景気にだって係わってくるでしょうし、商家の人間と致しましては、流行りものの予測や先取りだってしておかないといけません。特に殿下のお妃様が外国の方であられる場合には、いずれのお国からどのようなお道具や文化を持参して来られるかというのは、うちのような貿易商にとって、たいへん興味深いことでございます。

 それに、ご成婚行進のお供をなさるでしょう、エリーを拝見するのが今から楽しみなのです。お仕事中の騎士様は凛々しくて、輝いてらっしゃるものですもの。王太子殿下の行列がお越しになられたら、わたくしが真っ先に探してしまうのは、昔からエリーなのです」


 王太子殿下も、近衛二番隊の騎士様たちも、デレスが誇る粒よりの殿方ばかりですから、さすがにお野菜の集団に見えてしまうことはありません。

 けれど、それでも、わたくしにとって、真っ先に目が行ってしまいますのはいつだってエリーなのです。王太子殿下は別にして、最初に覚えた、身近に知る騎士様がエリーですので、一種の刷り込みとでもいうものでしょうか?



「ひょっとして、秋の外遊の際にも、見物を?」

 何かを思い出された様子のエリーに、そうお尋ねをされたので、わたくしはその時の情景を、思い浮かべながらお答えしたのでした。


「ええ、中央通り沿いの、お友達のお宅に寄せて頂いて。行ってらっしゃい、エリー、お帰りなさい、エリー、と、お口の中で呟きながら、手を振って見ていました」


「では、行きも帰りも同じ建物の窓に、サヴィの姿を見た気がするのは――」


「それきっとわたくしです。わたくしも、ご出発の時もお戻りの時も、馬に乗ってらっしゃったエリーと、目が合ったような気がしていましたもの。

 特にお戻りの時は、『【笛吹き小僧】フィアルノ新聞』に記事が載った直後でしたから……。今エリオール様、サヴィの方を見なかった? 見たわよね? って、集まっていたお友達から、みんなして冷やかされてしまいました」


 はにかみながら笑って述べました通りに、どれもこれも、エリーとお付き合いをしていますからこそ経験できる、嬉し恥ずかしの出来事なのです。わたくしサヴィローネは、おそらくエリーが考えておられる以上に、あなたの恋人気分を満喫させて頂いております。


「見物は常にあそこで?」


「ええ、事前に告知がありました場合には、たいていそうさせてもらっております。特定の騎士様贔屓の子がいたり、常に目移りしている子がいたり、近衛二番隊の騎士様全員が好きな人がいたり様々ですけれど、集めた似絵を見せ合いっこしたり、おしゃべりしたりしながら待つ時間も楽しいですし、なんといっても眺めの良い特等席なものですから」


「そうか。覚えておこう」

「え?」

 戸惑うわたくしに、エリーは思いがけず、真摯なお顔つきをして向き合って下さいました。


「警護に支障が出ない程度に、だが、自分は、いつ何が起こるか知れない職だから。送迎をしてくれる君に、自分も、行って来るとただいまを」

「……はい」


 ぐっときました。

 エリーご自身のお言葉ではない、甘い台詞を聞かせて頂くよりもずっと。

 王太子殿下が王都から、お出かけになる際の行列の見物は、これまではきゃーきゃーとお友達と一緒になって騒ぐ非日常の娯楽でしたけれど、次回からはまるで違ったものになることでしょう。


 ねえ、エリー、暫定恋人に過ぎないわたくしに、どうしてそんなところで義理堅くていらっしゃるの?

 もしかして、わたくしたちの思い出作りのために、してくださるという努力の一環なのでしょうか?

 そうですよね? 絶対そうに違いないのです。だから、そうです、だから――。


 おっ、落ち着きましょう、鎮まりましょうっ! わたくしの心臓っ!

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