第二章 お土産編
第二章 本編
第一話「猫足のお土産は記念品で報酬です」
日を改めまして、あれから初めてのエリーのお休みです。
世間一般の休日は、週末の安息日。父様が経営なさるヘルロー商会も、安息日を定休日としておりますが、王太子殿下の警護がお勤めでいらっしゃる、近衛二番隊は年中無休です。
安息日だから悪いお仕事の方々もお休みということはなく、万が一ということがあったらたいへんですものね。ということで近衛騎士様は、交替でお休みを取られます。
本日は平服でお越しのエリーですが、ご挨拶はまた宮廷風です。前回と同様に長椅子までエスコート下さると、今日は最初からわたくしのお隣に腰掛けて、テーブルの上に置かれていた、リボンのかかった箱を取り上げられたのでした。
「これを」
「わたくしに、ですか?」
「ああ。先日渡せればよかったのだが、慌てていて……。遅くなってしまったが、殿下の秋の外遊に随伴した時の土産になる」
「そうなのですか! ありがとうございます!」
「交際を受けてもらった、記念に」
「まあ!」
「とでも言って渡せと、殿下が」
エリー……、それを暴露されたら台無しです。
恥ずかしいことをおっしゃってしまったと言わんばかりに、照れてらっしゃるお顔も込みで、わたくしはエリーの、そういう女性にこなれてらっしゃらないところにもなんだかきゅんとさせられてしまいますけれど、わたくしとの交際を練習台にして、本気で好きになられたお嬢様の前では、さらっと決めて頂きたいなと思います。
なんて考えながら、ありがくお土産を受け取って、はたと気付きました。
「わたくしとのこと、そんな時分から王太子殿下はご存じなのですか?」
その内容からして、外遊中になされたお話なのでしょうから、例の記事が出る前です。わたくしと交際中――但し偽装――であることを、エリーが王太子殿下にご報告なさっているなんて、これはちょっと意外なことでした。
「特に申し上げるつもりはなかったのだが、殿下の買い物中に、サヴィはどんなものを好むだろうと女性向きの品を眺めていたら、そういったものにはこれまで無頓着であったのにどうしたのだと聞かれて」
「王太子殿下は目敏くてらっしゃるのですね」
「人が好きな御方だから、我々二番隊の騎士一人一人にも、少なからず関心を持って下さっているようだ」
「そうですか」
我が国デレスの王太子殿下のお名前は、アレフキース・サリュート・ドゥ・デルディリーク様。
そのお名前通りに、正に勝利を司る夏男神様、サリュートの如くであられると評判の、高貴にして精悍な黒髪の王子様であらせられます。
国王陛下御夫妻の一人っ子としてお生まれで、多くの方々から、愛情をたっぷりと注がれてお育ち遊ばされたのでしょうと想像がつきますので、人がお好きであられるというのも頷けます。
「包みを開けても、構いませんか?」
「あ、いや……、好きに……」
渋ってらっしゃる風のエリーに、わたくしは首を傾げました。
「駄目なのですか?」
「駄目……ではないのだが、サヴィは物を見る目が養われているだろうだから、がっかりさせてしまったらと」
「そんな御心配は御無用です。わたくしのために、エリーが選んで下さったんだってお気持ちが嬉しいのです。それに、どんな奇抜なお品にだって見所はあるものです。箱から何が飛び出してきましたって、わたくし、最低三つは褒めてみせます」
目利きはもちろん必要ですが、一旦仕入れてしまった物は、何でも利益を出して売ってみせますのが商人の手腕というものです。エリーのご趣味は存じませんが、わたくし、必ずや良いところを見つけて喜んでみせますとも!
「サヴィは殿下と似たようなことを言う」
「王太子殿下は、何と?」
「そのようなことは問題にするな、相手のことを考えて、自分の時間を割くことが大切なのだ、と。いずれかの国で、一つだけでいい。これと思ったものを何か一つだけ買って行け、と。各国の商人が殿下のお目にかけてくるものは、その国自慢の逸品ばかりだから、まず外れはないから安心しろとも」
「え? それではこちらは、デレスの王太子殿下にお売りしようと、どこかの王室の御用達商人が、外商でお持ちしたお品なのですか?」
両手で支えていた箱が、急にずっしり重くなった気が致しました。だとしたらがっかり要素なんて、おそらくお見受けできないお品だと思うのですけれど。
「殿下のご好意でそういうことになった。自由に店を回れるような時間もなかったし」
「それは……相当高価だったのでは……」
「記念の品なので、値は気にしないで納めて欲しい」
「こ、心して開封させて頂きます……!」
王太子殿下のご助言にかこつけて、エリーは記念の品とおっしゃいましたが、つまりこちらは、偽装交際に対する報酬ということでございますね?
王族の方がお手に取られるような、特級品が今目の前に! という高揚と緊張で、わたくしの包みを解く手は震えたのでした。
「わあ……!」
化粧箱の中味を慎重に取り出して、丁寧にほどこされていた梱包を開いたその瞬間、素直に大きな感嘆が漏れました。
「綺麗なカップです……! 嬉しい……!」
「気に入ってもらえただろうか?」
「もちろんです! これだけの名品を贈って頂いたのは初めてです。ありがとうございます、エリー」
「ああ」
ほっとされたご様子で、わたくしを見るエリーの眼差しが和やかになりました。身に付けるお品でなかったところが、わたくしたちの関係を象徴しているようでもございます。
飛び付いてお礼の気持ちを表しますのはぐっと我慢致しまして――わたくしは未成年ではありますが、社交の場に出ている以上淑女ですので、
「こちらは
工房はランセンビヨール。その代名詞であります猫足のカップ。器の下に三つの足がちょこんと付いた、繊細優美で愛らしい造形が、初見からわたくしの心をときめかせてなりません。なんてなんて可愛いのでしょう……!
白磁のままでも十二分に美しいケタ磁器なのですが、絵付けによって新たな魅力が吹き込まれます。ランセンビヨール伝統の花蝶柄だけでも華やかでございますが、こちらのお品は縁取りと持ち手、それからわたくしの心を捉えてやまない猫足に、金彩の装飾が入ってより華麗に! 特別なお客様にだけ売りに出されます逸品は、実に一段上でございます。
基調のお色は爽やかな水色と甘やかな薄紅色……、お部屋に飾って眺めるのもよいですけれど、食器はやはり使用してこそでございましょう。二客ありますので、エリーとお揃いで使えますね。次回からお茶はこちらでお出しします」
大興奮で褒めちぎりまして、薄紅色の一客を両手に捧げて満面の笑顔でエリーを振り向きますと、
「なるほど、それで」
と、エリーは一人得心されたのでした。
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