伝わっていますから!

桐央琴巳

第一章 馴れ初め編

第一章 本編

第一話「偶像を恋人にするとたいへんです!」

 本日は、お義姉ねえ様とご一緒に、お義姉様のお友達、カチェリア様のサロンでお茶会です。


「気が置けないお友達ばかりだから、気楽にね」


 と、ほんわりと微笑みながらお義姉様はおっしゃるのですが、心優しいお義姉様はそもそも、我が家からすれば目が飛び出るような名家から、わたくしの不肖の兄様に嫁いで下さった奇特な御方。そのお義姉様に、気が置けないお友達……とご紹介頂く方々もまた、並々ならぬお家の方々と、予想が付こうというものでございましょう。



 サロンの女主人であらせられますカチェリア様を筆頭に、お集まりになられた奥様お嬢様方は、伯爵夫人、侯爵令嬢、公爵様のお従妹姫、財務卿の御身内――と、みなさまもう、お姿も肩書きも、並べて頂いただけできらきら、きらきら。その眩しさに大変恐縮しながらわたくしは、


「ごきげんよう、みなさま。縁あってブリジエットお義姉様の義妹いもうととなりました、サヴィローネ・へルローでございます。父兄がご贔屓を頂いております」


 と、父様が営む貿易商会を、潤して頂いている謝辞を述べ、資産家令嬢としてかろうじて上流階級に引っ掛けて頂ける、平民の名を名乗ってご挨拶をしたのでした。



*****



 みなさまとわたくしの引き合わせが終わり、優雅な午後のお茶会が始まります。

 事前のわたくし調べによりますと、貴族女性のお茶会といえば、まずは茶葉や茶器の銘柄当てから。家業が家業でございますから、目利きや味覚にはわたくし、僭越ながらたいそう自信がございますよ!


 ですがこの場はカチェリア様のお顔をお立てして、惜しい感じに外しておきましょうか? お義姉様――と、隣り合わせたお義姉様の目配せを、こっそり伺おうかとしていましたところ、


「さっそくですがサヴィローネ様、近衛二番隊のエリオール・シャプリエ様と、ご交際をなさっているというのは本当でございますか!?」

 と、突如としてわたくし自身の恋愛話を、話題に上げられてしまったのでした。


 びっくりおののくわたくしと、おっとりとお茶を飲まれるお義姉様を包囲して、みなさまたいへん失礼な喩えではございますが、肉食性の獣のように瞳を爛々とされておられます。

 ああ! この平凡なる一般市民であるわたくしが、そうそうたる貴族のご婦人方に嫉妬されて詰め寄られている! こんな物語のようなことが実際にあるのでございますね!


「え、ええ……」


 そういった物語は大好物。外商にお邪魔したお邸から、腹立ちを持ち帰り、家で読んで溜飲を下げる。これぞ小市民の密かな楽しみ――と申しますのは、一昨年お嫁に行った小姉ちいねえ様の戯言にございます。


 ですが、見ると聞くとは大違い。実際に自分がそのような立場に置かれますと、予想以上に怖いものです。今、わたくしってば主人公! という突き抜けた気持ちになって、状況に酔ってしまえるものではございません。

 助けを求めてお義姉様を仰ぎ見ますと、お義姉様は誠に申し訳なさそうに眉を下げ、可憐な唇をすぼめておいででごさいました。


「あのね、サヴィ、みなさまあなたとエリオール様の馴れ初めを、あなたから直接お聞きになりたいそうなの」

「馴れ初めとおっしゃられましても……、盛大にのろけさせて頂けるほどのことは無いのだと、お義姉様、ご存知でしょう?」

「そうなのですけれど……。みなさまわたくしを嘘つき呼ばわりで、納得して下さらなくて」

「はあ……」


 恋というのは摩訶不思議。

 兄様とこのお義姉様を見ていて、それは重々存じ上げていたわたくしでございますが、まさかわたくし自身の身の上にも、こうして複数の貴族女性に囲まれ、問い詰められてしまうようなお話が舞い込んで来るだなんて、全く思ってもみない出来事でありました。



「えっと、あの、たぶん……、お義姉様がおっしゃられていたのと変わりないかと存じます。

 エリオール・シャプリエ様とわたくしは、買い付けの旅をする機会の多い貿易商と定宿のご主人という関係で、父親同士が若い頃から懇意にしておりまして……。

 エリオール様の故郷は、ご存知かもしれませんが、ここから遠く【西】エシラ州の西の西でございます。王都近辺にはご親戚もいらっしゃらないということで、王宮勤めをなさるにあたり、困ったことや入用のものがあれば、なんなりと相談するように、と、再三父からエリオール様に申し入れておりまして。兄と友人付き合いをされていることもあり、エリオール様は父や兄を訪ねて、公私のご用で主に店の方に、時々出入りをされておいででした。

 口数の少ない御方ですから、珍しく家の方にお見えになられることがあっても、わたくしとはたいしてお話をすることもなかったのですけれど、先月、父と面会なさっていた客間に入れ替わりで呼ばれまして、エリオール様から突然に、『君の尊父の許しはもらった。自分と交際してくれると助かる』――と」


「助かる……? 変わった求愛の句ですこと」

 そう言って、カチェリア様が睫毛をぱちぱちとなされました。もっともなご感想に、わたくし思わず苦笑してしまいました。


「ええ。あの方らしいと申しますか……、当のわたくしもそう思いました」

「それで、サヴィローネ様は?」

「『はい』とお返事致しました。悪いお話ではないですし、孝行しておこうかと」

「……孝行?」

「ええ。つまるところは、親同士の取り決めた、縁談なのだと思いまして」


 と、エリオール様と交際に至った顛末を、わたくしが正直にお答えしましたところ、ちょうど真正面にいらした金髪のお美しいお嬢様が、ドレスを掴んだ両手をふるふるとさせながら、勢いよく立ち上がられたのでした。


「イ、イデライード様?」

 驚いて、イを一つ余分にくっ付けてしまいましたが、確か合っていたはずです。ケーデュクス侯爵令嬢イデライード様。


「孝行って、孝行って……、お憎らしいっ! エリオール様は、ご父兄からお許しを頂くのに数年を要した、長年の想い人を口説き落とされたのだともっぱらの噂ですのに! サヴィローネ様はどうしてそんなに淡々としていらっしゃるの!!」


 そういえば……、先週発行された娯楽誌に、そのように載せられてございましたね。

 けれども件の娯楽誌の名称は『【笛吹き小僧】フィアルノ新聞』。

 嘘、大げさを触れ回るのが大好きな、悪戯妖精フィアルノの名が実態を表しておりますように、虚実織り交ぜた醜聞をばら撒く悪徳新聞であるのですから、鵜呑みにされては困ります。


「だったとしたら、嬉しいのですが……。わたくし身の程というものを、わきまえてございますので。王宮でお知り合いになるお美しい方々を差し置いて、エリオール様に好きになって頂ける要素が思い付けません」

「あらっ……!」

「まっ、まあ……、サヴィローネ様にはサヴィローネ様の魅力がおありよ。そんな風に卑下なさることはございませんことよ」


 控え目に自分を落しながら、自尊心をくすぐって差し上げると、お恥ずかしそうに長椅子に掛け直されたイデライード様だけでなく、他のみなさまも一様に毒気を抜かれたご様子であられました。



 それにしても、王宮にお招きになられるようなご身分の、お嬢様奥様でいらっしゃれば、生身のご本人をご存知でしょうに……。あの寡黙な騎士様のどこをどう振れば、長年の想い人、とやらを口説き落せるような、情熱的な愛の句が出て来るとお考えなのでしょう?


 目下わたくしの恋人――とされておりますエリオール・シャプリエ様。


 王都の娘たちの憧れである、王太子様付きの近衛騎士隊、若手の精鋭揃いの近衛二番隊の騎士様たちの中でも、一際目立った眉目秀麗。 めったに笑顔を見せない硬派な騎士様と、とりわけ人気の高いお一人です。

 実際には、笑わないというより無愛想、硬派というより口下手でらっしゃって、わたくしにとってはそういったところが、かえって愛おしかったりするのですけれど。


「ご期待に添えなくて、申し訳ございません。ですがせっかく交際をお受けしたのですから、エリオール様と二人、急がず慌てずゆっくりと、関係を育んでゆこうと思っております」


 どきどきとしながら、そう宣言させて頂いたわたくしの肩を持ち――、ええ文字通り両手で優しく持ちながら、お義姉様はお花のように微笑まれ、


「ね、わたくしのお話した通り、サヴィは健気でよい子でしょう? これから先も連れてきてあげてもいいけれど、もう意地悪しないで頂戴ね」

 と、心強くお味方をして下さったのでした。

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