爆走トラック、異世界を行く

工事帽

爆走トラック、異世界を行く


 ガンッ!

 ゴロゴロゴロゴロゴロ、グシャ。


 フロントに衝撃、一瞬遅れてブレーキ。

 呆然としながらも、足はゆっくりとブレーキを踏む。トラックに急ブレーキはありえない。それは荷台の荷物が崩れて運転席が押し潰されてしまうからだ。

 頭の中は真っ白で、目はフロントに当たった物を追いかける。吹き飛ばされた野暮ったい服装の男は、何度も転がってから道路に横たわる。


 トラックが止まったのは交差点を通り過ぎた後。

 それでも男はトラックよりもまだ前に横たわる。それだけの勢いで飛ばされたのだと、その場所が物語る。


 こっちが青だった。そうは思ってもバックミラーに映る信号は赤。時間が着て変わったのか、それとも信号を無視してしまったのか。

 見通しの悪い住宅街。トラックが通るには狭い。その道には迂回路がない。


 救急車を。


 頭のどこかでそう声がする。

 しかし、それは小さくて、別の声にかき消される。


 事故。加害者。殺人。免許取り消し。刑務所。長距離トラックの運転手としての生活が終わる。終わってしまう。

 弁償か、賠償か、そんなお金は勿論ない。

 それどころか生活だって。

 免許がなくなってしまったら。

 男は頭の中が真っ白なまま、アクセルを踏み込む。トラックは草原の中の道をエンジン音を響かせて走り始めた。


 ブオーーーー。


 草原の中の道をひたすらに走るトラックがあった。

 舞う土埃がトラックの後に続く。高く、広く、巻き散らかされた土埃は、まるでトラックに付き従う軍勢であるかのようだ。


 一方、その道の先にも土埃が舞う。


 トラックの後ろにあるそれと比べ僅かな規模でしかないが、土埃の先頭を走るのは騎馬。その後も数機の騎馬が続き、それに守られるように馬車が走る。


「隊長!正面に土埃が!」

「クソッ。挟み撃ちか!?」

「魔王軍ですか?」

「分からん! 正面からぶつかるわけにはいかん。街道を外れろ!」

「しかし、それでは!?」

「覚悟を決めろ! 我々が迎撃している間に、姫の馬車を逃がす!」

「分かりました隊長」


 迫るトラック、道から外れる騎馬と馬車。

 そして更に奥にももう一つ別の土埃。


「ハッハ! 道を外れるとは観念したか。騎士は皆殺しにしろ、姫は生け捕りだ」


 馬車が街道を外れた位置まで進み、相手が街道に戻れないように広がる。


「俺こそが魔王軍四将軍の一人、風のギンザ、大人しく姫を差し出せ。さすればプゲリャ」


 トラックに弾かれて吹き飛ぶ将軍。

 ああ、哀れ。将軍は風になったのです。


「ぐわっ」「あわばっ」「ひでぶっ」


 続けて吹き飛ぶ魔物たち。

 トラックは駆け抜けて行く。呆然とする騎馬の横を。


 ブオーーーー。ごんごんごんごん。


 草原のただ中、道なき道とひたすらに走るトラックがあった。

 道ですらない草原の中、トラックの車体は揺れ、まるで巨大な暴れ馬のようだ。

 その進路の先には大勢の魔物、大勢の人、それらは互いに争っていた。


「うわぁぁぁぁ」

「隊長! このままでは!」

「ええい、怯むな! 押し返せ!」

「向こうから大きな魔物が」

「もうダメだぁ」

「待て! 逃げるな!」


 魔物の軍の向こうに見えたトラック。それは人々には見知らぬ巨大な魔物に映った。

 逃げる人々。トラックに背を向けたまま、知らずに喜ぶ魔物達。


「ハッハァ! 人間達など、この魔王軍四将軍の一人、炎のカンダに掛かればこのダウリャ」


 トラックに弾かれて吹き飛ぶ将軍。

 ああ、哀れ。将軍はお星さまになったのです。


「ぐわっ」「あわばっ」「ひでぶっ」


 周りにいる魔物達も吹き飛ばし、戦場を駆け抜けるトラック。

 それを後目に、人間たちは必至の形相で逃げていく。


 ブオーーーーガンッーガンッーーーーガンッーー。


 かつては草原だったのだろう場所を、ひたすらに走るトラックがあった。

 多くの人が、魔物が踏み荒らした剥き出しの大地。今は魔物達が徘徊するそこをトラックがひた走る。時折、魔物を吹き飛ばしながら。


「魔王様、得体の知れないものが迫っております!」

「なんだ、人間の新しい兵器か?」

「分かりません。分かりませんが、まるで城壁が迫ってくるかのようで……」

「ふん。人の兵器なぞ恐るるに足らず。我自ら蹴散らしてくれるわ」


 立ち上がる偉丈夫は黒い鎧に身を包む。魔物達は道を開け、ついに両者が邂逅する。


「なに、トラックだと!? なぜこの世界に? もしや貴様がブロロロー」


 ゴロゴロゴロゴロゴロ、グシャ。


 ああ、哀れ。魔王は土に還ったのです。

 トラックに弾かれて吹き飛んだ魔王は地に伏せ、それを見た魔物達は我先にと逃げ出す。


 かくして魔王の脅威は去り、この国に平和が訪れた。

 名もなき英雄、その伝説だけを残して。



「**警察署によりますと、**町交差点にて人を轢いてしまったとの通報を受け現場に捜査員が向かった所、被害者の姿はなく、またトラック前面の傷も人を轢いただけでは付くことのない深いものだとのことでした。警察は人形を使った悪質なイタズラである可能性も含め、運転手から詳しい事情を……」

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