第15話 その男不死につき

 日が落ち、辺りを闇が支配していく。

 周りの木々を飲み込み漆黒に覆われた。

 月明かりはあるものの、薄暗く光りが届きにくい夜だ。

 蝙蝠が数匹、森の木々の間を飛び回っているのが、薄っすらと見える。


 亮太は森の中でも、やや木々の茂っていない広場の中央で、あぐらを書いて座り、辺りを睥睨へいげいしていた。

 フィーネもその側で足を崩して座り込み、じっと森の奥を眺めている。

 ジャスティンのみ、完全に横臥しスースーと寝息を立てていた。


 そのジャスティンが、突然ムクっと身を起こし、眠たそうに眼を擦りながら、


「お、来たか?」


とつぶやく。

 その瞬間、緊張が走る。

 亮太は立ち上がり、ジャスティンが見ている方に神経を集中させた。

 得体の知れない息吹を感じる。


「そうだな、来たみたいだ」


 その亮太に、フィーネは耳打ちする。


「……リョウタ、囲まれてるわよ」


 その言葉を聞き、周囲に気を配る。

 本当だ、すっかり囲まれているようだ。

 いつの間に!亮太は少し慌てたが、いや、こんな事で取り乱したら駄目だ、と自分に言い聞かす。

 落ち着いて、神経を集中し敵の息吹を感じとるようにした。

 目を閉じて自分を落ち着かせる。

 14、いや15人ぐらいか。

 無駄かもしれないが、この真夜中の来訪者に用事を尋ねてみる。


「何者だ?俺たちに何か用か!!」


「……」


 返答はない。

 薄暗くてよく見えないが、頭に角がある大男や狼みたいな影が見える。

 蛇の様な動きをする生き物もいるみたいだ。

 獣人や鬼人がいるのだろう。

 亮太は少し緊張ぎみだったが、ジャスティンが背中をバンっと大きく叩いてきた。


「ビビッてないだろうな?」


 言われて、亮太は逆に落ち着いた。ジャスににやっと笑い、


「当たり前だろ!!」


と気合を入れ直す。


 獣人達はじりじりと近づいてくるのがわかった。

 殺意を感じとる。

 話し合いとはいかないみたいだな、と亮太はつぶやいた。


 鬼人の一人がメイスを振り回し、亮太に殴りかかった。

 亮太はその攻撃の流れをくみ取り、紙一重でかわし、ロングソードに覇気を乗せ、鬼人に切りかかった。


 一閃。


 暗闇の中に一筋の閃光が走る。

 すると、その鬼人は真っ二つになり絶命する。


 亮太はすぐ、振り向きざまに自分に攻撃を加えようとしていた狼男を、振りかぶって一刀両断にしてみせた。


 いける! 俺の動きはやつらに負けていない!!

 亮太に迷いはない。自分の動きに信頼を置く。


 その動きは無駄はなく、綺麗な太刀筋だ。

 基本に忠実で無駄なく刀を走らせる。

 亮太の膂力も素晴らしい。


 刀が右に左に変幻自在に変化して相手を切って捨てる。

 3ヶ月前の亮太からは想像できない変貌ぶりだった。

 これが『覇気』の力!!



 フィーネも亮太をチラッと見て安心したのか、獣人達に走り寄っていく。

 獣人達に向かっていき、彼女を襲う牙や棍棒をかわしながら、

 獣人達の間を華麗に舞い、駆け抜けていく。


 フィーネが走り去った後には、鋭利な刃物で切り裂かれた様に胴体が裂け、頭が切り落とされ腕が落ち、足が切断されて、断末魔を上げる間もなく絶命していく。


 ここで、よく見るとフィーネの手先から細い糸のようなものが暗闇の中、数本きらめいたのを確認できただろう。


 フィーネは魔蚕まてんという虫から取れる丈夫な糸を使い、その糸に覇気を乗せる事で、刃物より鋭利な武器としていたのだ。

 その切れ味は普通の刃物を遥かに凌駕し、鋼はもちろんのこと、ミスリル製の武器すら遠く及ばない。


 ジャスティンは2人の働きを後方で眺めていたが、彼も鬼人達に取り囲まれた。


「へー、俺様に向かってくるとはいい度胸だ。だが、これでもくらいやがれ!! イーバン・スクローノ・ナーラスーク……灼熱の業火よ我が剣となりて敵を滅ぼせ……『ファンガルド!!!』」


「ぐわぁぁぁーーー」

「おぇぁぁーーー」


 どす黒い業火が鬼人達を焼き尽くす。

 やつらのいた場所は、一瞬にして焦土と化していた。


 圧勝に見えた。

 獣人達をほとんど駆逐したな、と亮太が安心し始めた時、それは起きた。

 森のどこかに潜んでいた蝙蝠達が一斉に集まりだしたのだ。

 異様な光景だった。空をも覆う蝙蝠達はキー、キー鳴きながら渦を巻き、ある一点に集約していく。

 蝙蝠達が一か所に集まりながら、人の姿を形成し始めたのだった。


「あ、あいつ、来ていやがったのか」


 ジャスティンは何か知っているのか、つぶやいた。


 蝙蝠達が空に離れて行くと、そこに現れたのは2メートル近い魔人が登場した。

 歳は30後半少し痩せこけて見える口ひげを生やし、目が赤銀色の光彩を放っている。

 ニヤッと笑い、口元から犬歯が覗く。


「あなた達なのね、あたしの大事な秘宝を盗んだのは……」


 黒のタキシードを着た男は、マントを翻し亮太達を一瞥いちべつした。


「クっ!!」


 その瞬間、亮太達は動けなくなってしまった。

 いわゆる金縛りだ。


「さあ、返してもらおうかしら。あたしの大事なお宝を」


 そう言ってにんまり笑って亮太に近づこうとする。


「リョウタ、神経を集中して!!覇気を開放するのよ!」


 フィーネがアドバイスをくれたのを聞き、覇気を膨張させ気合を入れる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 するとふゎっと体が軽くなり、金縛りが解ける。

 よし、あいつをぶった切ってやると助走をつけ、切りつける。

 ズバっと右肩から左腹部にかけて、一刀のもとに切り伏せた。

 手応えはあった。しかし、


「おほほほ、元気のいいぼうやね。嫌いじゃないわよ。金縛りも解く力もあるとは、これからが楽しみよね」


といって、舌をペロっと出し、傷口を触った手を舐めている。


 切った傷口は閉じて治って行く。

 なんだ、こいつは?!

 切ったはずなのに!!!


「リョウタ、さがって」


 フィーネが走ってきて、魔人と対峙する。


 フィーネは魔人に近づき、右腕をはためかせた。

 胸の辺りにざっくりと傷を負わせる。両断まではできなかった。

 更に近づこうとすると、


「ほう、あなたは若いのに結構できるようね、あまり近づきたくないわ。おほほほ。それにしても服が台無しね」


 フィーネを見て睨むと目が怪しく光り、目から怪光線が飛んだ。


「くっ」


 かわしたつもりだったが少し掠ってフィーネは膝をついた。

 魔人の傷はどんどん治って行く。

 どういう事だ?


「リョウタ、フィーネ、止めておけ。

 あいつは不死なんだ」


 ジャスティンが髪をかきあげながら、亮太達の前に立つ。


「あら、かわいい坊や。あなたね?あたしの寝室から秘宝を盗んだのは?」


「俺様を忘れたか?パルメザック」


 名前を呼ばれて少し魔人は動揺した。


「あたしの名前を知っているとは、驚いたわ。あなたは誰だったかしら?」


 腕を組んで傲然ごうぜんと言い放つ。


「もう忘れてしまったか、吸血鬼? ジャスティン=クレーバーとは俺様の事だ!!」


 聞いて吸血鬼は自分の顔の血の気が引くのがわかった。


「ジャスティン??ジャスティン=クレーバーですと!!! あの我がままで傲慢で自分勝手で冷酷なジャスティン?!!! もう死んだと聞いていたのに、まさか、まさか本物??」


 吸血鬼は異様に慌て始めたのだった。

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