第4話 コップの中の漣、火花を刹那散らせ


 続いて用意されたのは、酒鍋の海鮮しゃぶしゃぶだ。


「お待たせ致しました。『コップの中の漣』でございます」



 日本酒の入った酒燗器状の鍋に、刺身や貝を湯通しする。

 刺身のように、わさび醤油でいただく。

 アルコールが飛んでいないので、お酒が弱いぼくは少しくらっとなった。

 

 酒好きなヒカリのために用意した鍋である。

 

「海鮮食べたいって約束、覚えていてくれたんだ」


 八月に、北海道へ旅行に行く計画を立てていたのだ。

 なのに、ぼくは急に仕事が入って、キャンセルしてしまった。


 あれが、ずっと心残りだったのである。


 鍋で使っている日本酒も、北海道のお米で造ったものだ。


「カップは置いておいてください。まだ使いますので」


 ぼくらは。魚介のエキスが濃縮されたダシを前に、次の料理を待つ。


「もう一つ、『火花を刹那散らせ』もご用意させていただきました」


 店主が言うと、ヒカリが身を乗り出す。

「一気に二品ですか?」

「すれ違いがあって、ケンカしたからね」

 ぼくが言うと、ヒカリは納得する。


 北海道がぽしゃった直後から、すれ違いが増えてきた。結果、大ゲンカにまで発展してしまって。

 あれだけ激しくやりあったのは、あのときくらいだろう。


 店主が持ってきたのは、長細く切られた豚バラと、鉄板だ。コンロの上にある鍋を、鉄板へと移し替える。


 分厚い豚バラ肉が、鉄板の上でうまそうな音を立てた。

 鉄板は斜めになっていて、余分な油は鉄板の下にある溝へ落ちていく。

 

「ああ、サムギョプサル?」

 魚介スープでいただくサムギョプサルって、珍しいな。


 焼けた豚バラを、スープにくぐらせる。

 豚バラの熱さによって、バチバチッ、と中の液体が飛沫を上げた。

 

「わああっ」


「これが火花を散らすって意味か」

 正確には飛沫だが。


 豚の脂が魚介の海に溶けて、サッパリとした味わいになる。しゃぶしゃぶとはまた違った楽しみ方だ。





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