邪竜が人間の娘を育てるようです
空廼紡
一人と一匹の子供
その洞窟は、白い鉱石が至る場所に蔓延っていた。その鉱石は、薄らと光を帯びており、壁や天井、柱となってこの洞窟を支配している。
そんな洞窟の奥で、ぴぃぴぃ、と物寂しげな声が響き渡っていた。
鳴いていたのは、一頭の雛だった。
その雛は、大型犬ほどの大きさだったが、まだまだ成獣ではなかった。全身が黒く、亀の甲羅のような鱗が鋼のように輝いている。小さな翼は蝙蝠のようで、尻尾は蜥蜴のようだ。角は羊のように丸く、爪はまだない。
雛はぴぃぴぃと鳴く。母を呼ぶために。
だが、返ってくるのは反響する己の鳴き声だけで、母の声は一向に返ってこない。
住処の周りは白い岩肌に覆われ、それは表面がつるつるしていて、まだ爪がない手足では滑ってしまい、母を探しに行こうにもそれが邪魔をした。
『しばらく、静かに待っていなさい。騒いでいたとしても、鳴くではありませんよ』
母にそう告げられて、雛は大人しくしていた。
遠くで騒いでいる音や、母の咆吼が聞こえてきても、雛は母の言うとおり、一声も鳴かなかった。
本当は鳴きたかった。そちらに行きたかった。けど、母の真剣で怖い表情を思い出して、辛うじて踏み止まった。
鳴いたところで、怖くて鳴けなかったかもしれないけれど。
しばらくして、騒ぐ音が聞こえなくなった。
母が帰ってくるかもしれない。だから雛は、母の帰りを大人しく待った。
だが、待てど待てど、母は来ない。我慢できなくなって、母を呼んでみたが、母から返事が返ってこない。
『どうしたの、坊』
そんな母の優しい声を聞きたいのに、母は姿すら見せに来ない。
――おかあさん、おかあさん
寂しくて、恋しくて、何度も必死に母を呼んだ。
――おかあさん……
どうして、来てくれないの? 坊のこと、きらいになったの?
呼び声が悲痛な叫び声になっていく。
だが、母が戻ってくることは、二度となかった。
腹の虫が鳴って、少女は目を覚ました。
隣で寝ている母が起きなかったことを確認し、窓の外を一瞥する。
薄らと明るい。以前なら畑仕事に行かなければならないのだが、今はそう言っていられない状況だった。
ここのところ、日照りが続いて、つい先日、最後の苗が枯れてしまったのだ。育てる苗もなくなって、すっかり手持ち沙汰になり、精々出来るだけ体力を温存するだけだ。
自分たちで育てた苗も、買う苗もない。他の所も売れるだけの苗がないのだ。雨が降らないので、川の水も涸れ、井戸の水も底をついた。もう、自分たちで生活できる術も余力も残されていない。
近辺の街や村も似たような状況らしく、商人が売る水と食料だけが頼りだ。だが、値段も高いから金持ちしか買えなくて、貧乏なうちでは手が届かない。
(まだ暑くないから、食べるものをさがしに行こうかな)
街のすぐ傍に森が広がっているのだが、母曰く、もう街の人が食い荒らしたから食べるものもない、と行っていた。だが、探したらあるかもしれない。
外には酔っ払いがいるかもしれない。ワインが有名だったこの街には、保存されているワインがまだあって、大人達がこぞってワインを飲んでいる。
水は涸れたが、ワインはまだまだある。そう豪語している。
だから、街の通りは酔っ払いと、動かなくなった人間達でいっぱいだ。酔っ払いに会わないように、隠れながら森に行かないと。
食べ物が取られないうちに、と少女は気を引き締めた。母を起こさないように、ゆっくりとベッドから下りる。
(お母さん、起きないな)
母は物音に敏感だ。いつもならベッドの軋む音に起きて、どうしたの、と自分に訊ねるというのに。
そっと、母の顔に触れる。少女は驚いて、慌てて手を引っ込めた。
思っていたよりも、母の肌が冷たかったのだ。元から、自分より体温が低い母だったが、ここまで冷たくはなかった。
(からだ、冷えちゃったのかな?)
身体を冷やさないようにしなさい、と口酸っぱく言っていた母を暖めなくちゃ、と食べ物のことを忘れて、慌てて再びベッドの中に潜り込んだ。
(お母さんのこと、わたしがあたためてあげるからね)
冷たい母の身体を少しでも暖めるように、ぴたっと寄り添う。
それでも、母の身体はずっと冷たいままで、優しい瞳が開くことはなかった。
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