第10話 死の影




会場は騒然としていた




騒然と言っても反応は様々で


単に馬上槍試合を楽しんでいた観衆は

ガンダールとジュリアス王子の一騎打ちに期待を巡らせ


それとは別に多様な思惑で会場に集まった諸侯達は

単に好奇心のみならず


この一騎打ちが果たされたときに起こる政治情勢など

それによって自分達の今後の身の振り方を案じなくてはいけないという事もあり


多種多様な感情が入り混じりながら会場は騒然としている


渦中の人物は尚の事だろう




それで?


私の望み叶えていただけるでしょうか?

アリュメト国王



王子はアリュメト国王に鋭い視線を向けている


これはまぎれもない

アリュメト国王を大観衆の面前にて推し量っているのだ



国王の裁量を

アリュメト王国の器量を



会場は思惑という材料でグツグツと煮立ってきている


アリュメト国王は今だ応えていない

ここまで答えを出さないと焦りを隠しきれていないとさえ感じられてしまう


ここで思案を続ける国王に対し追撃のように

ジュリアスは畳みかける





そもそも


何故今大会の馬上槍試合に

ガンダール軍団長は出ていないのだろうか?


アリュメトから出場しているのは

サー・カーターの名を偽る少年であった


私は・・・いや


ここに集まるすべての人間がガンダールの雄姿を期待していた筈だ

何故でしょう?




かなり挑発的な発言だった

場の空気が張りつめていく





ガンダール軍団長が出場なさらないのは


この大会は親睦を目的としたものだからですジュリアス陛下




この発言をしたのは

ウイジールだ



騒ぎを聞きつけ

会場に戻っていたようだ


この発言を受けて

ジュリアスは奥から出てきたウイジールに目を向けた




誰だ?




お前は?




今この会話をしているのはアリュメトの王とカルーラの王子だ

口を挟むとはな




私は

アリュメト王国相談役のウイジールと申します

お許しを陛下


ウイジールは馬に跨るジュリアスに近づき深々と頭を垂れ

跪く





そうか


ウイジール

では発言を許そう



それで


先ほど

この大会は親睦を目的とした大会であるからだと言ったな


ガンダールが出ると親睦にはならないという意味かな




跪いているウイジールにジュリアスは馬上から見下して問うている

ウイジールはそのままの体勢から顔だけを向け応える



はい


ガンダールが出場をすればこの大会は


高潔な騎士たちが名誉を懸け闘う場から一転し


獣が狩場で弱者を蹂躙するだけの恐ろしい場となりましょう


それは刃先の欠けた槍を以て行う『試合』といえど変わらず起こる事象であります




ジュリアスはその発言に眉間を寄せているのが私が今いる距離からも伺えた

そして同じような思いをしている者が私の股下にもいた




なんだと…

我々が弱者だと…!



私を肩車しているカイガンも身を震わせウイジールの発言に激昂していた

おかげで上にいる私は若干の平衡感覚を奪われ落ちかけてしまいそうな程に


私は

どうどうと

カイガンを落ち着かせ再びウイジール等おわす会場中央に目をやる




目を向けた矢先






ウイジールは馬上からジュリアスによって腹部を槍で貫かれた






いや

正確には刃先は欠けている筈なので槍の刃先は体内深くまで侵入はしていないだろうが


それにしてもだ


ウイジールは苦しそうに呻いていた

ジュリアスは槍を手元に引き戻す





これは失礼


ウイジール殿


本来であれば先ほどの私を含めた武人に対する侮辱は





死罪


に値するものだが




ここは親睦会の場


慈悲を以てそなたを許そう



苦しそうにしているウイジールを尻目にジュリアスは何食わぬ顔で

視線をアリュメト国王に向き直した




さぁ!


国王陛下

ガンダールと私ジュリアスの決闘


認めなさい!




はっきりとアリュメト王に物申すジュリアス


それを受けて

アリュメト王は口に手をやり


くすくすと笑っている


長らくジュリアスの言葉を聞き続けた国王は喋る


 



残念ながら今大会の全権はそこに転がるウイジールに任せていてな



どうした!


ウイジール


カルーラの王子が再三要求を申し立てているぞ

責任をもって答えろ





地べたに倒れるウイジールの腹部からはおびただしい出血が見られる

あれでは到底話せる状態ではない


誰もがそう思っていたが

ウイジールが体を起こし始め

腹部から血が噴き出す場所を押さえながら立ち上がる


そこにアルメンドロス王子が壇上から飛び出してウイジールの体を支えにいく




ウイジール!




アルメンドロスはウイジールの体を支える


ウイジールの顔は真っ白になっており

明らかに血を流し過ぎている

しかしウイジールはアルメンドロスに支えられながら

ジュリアスに宣誓を始めた





今大会…馬上槍覇者…


ジュリアス騎手殿に…


私ウイジールが…

アリュメト国王の代理に…


軍団長ガンダールとの一騎打ちを認めましょう…




ウイジールは見事言い切ってみせた

すぐさまアルメンドロスと駆け付けた兵士達によってウイジールは

城内奥の医務室へ担ぎこまれていった




その時私は気付いた

運ばれる最中


ウイジールはガンダールに向けて

なにやら言葉を発しているのが


私の距離からはなんと言ったか分からなかったが確かに

ガンダールに向けて言葉を発していた







さぁ聞いたか皆の者よ!


私とガンダールによる世紀の一戦がこれより行われるぞ


ジュリアスは声高々に観衆に向け宣言した

観衆もそれに応えるように声を上げている



私としては

ウイジールの容態が気がかりであったのだが

場の雰囲気は既に一新し空気を変えていた


動かざるであったガンダールが壇上から降り

用意された馬に乗り始めたのだ


その様子に皆が喜んでいる

ほんの一挙手一投足が会場を盛り上げている



股下にいるカイガンはなんだか不服そうだ


恐らく先ほどのウイジールの発言が気にかかっているのだろう

ガンダールの前では誰しもが弱者であるという言葉が強者たるカイガンを憤慨させた


それまで陽気にこの催しを見届けていたカイガンであったが

今回に限っては

生ける伝説に対し

疑心の目を向け始めている


ガンダールが何する者ぞという感じか


私としても正直ガンダールという存在が良く分からないでいた

私がこの国に来てからというもの

ガンダールの逸話は数多く耳にすれど何もかも逸脱し過ぎている


実際にガンダールの実力はこの半年間測れずにいた


しかしそれもようやく目の当たりにできる


神話の真実を確認できる


そう思うと私もやはり胸が躍っていた

ここにいる観衆のほとんどが同じ気持ちだろう


そして準備は着々と進み



ついに



ジュリアスとガンダールが馬上にて対角線上対峙する




会場は最高潮といった所だろうか


皆大はしゃぎ


今日一番に盛り上がって


国の外にまで歓声が

響き渡っている



後は国王の宣言を待つばかりだ


観衆の視線は騎手二人から移り替わり

国王に向けられている


その流れにならうように

私も国王に注目していたのだが


なんとも



これまでで一番




国王陛下は









神妙な顔をしていた









歓声の勢いは止まりはしなかったが

国王の表情に違和感を覚えているのは私だけではないだろう




それほどまでに

国王の冷めた表情はこの観衆とミスマッチしている



漂う違和感


なにか妙だと私は感じ始めている

今まで真摯に大会を見守っていた国王が何故この佳境であんな…







始め







え?



国王は立ち上がり宣誓するでもなく

座ったままで開始の言葉を発した

今の宣誓の仕方に多くの観衆が気づくはずもない


私は呆気に取られていた




しかしその刹那




恐ろしいまでの寒気が背中を走った



あの時私が処刑される寸前に味わった寒気とは比べ物にならないほどの震撼を感じていた








ゆっくりと







勢いをつけるでもなく







ガンダールは







馬をジュリアスの方へと歩ませていた








その異様な始まりに

歓声が段々と小さくなり始める



気付けば


馬の蹄の音と

ガンダールの着る鎧がカチャリカチャリと擦れる音しかなかった





まるで静止した時の中で

ガンダールのみが動いているように





全てが凍り付いていた









この止まった世界で不遜にも動いた者は処刑されてしまうような









だが不遜な者はいた





止まった時の中で唯一ジュリアス王子が動き始めた


凄まじい勢いで馬を駆け始め






悠然と歩を進めるガンダールに




一心不乱


ジュリアスは向かい始める





その速さたるや







瞬きが終える頃にはガンダールとジュリアスは交差し接触点に到達するだろう






















ジュリアスの馬が突然急停止さえしなければ












つんざくような悲鳴をあげながら






ジュリアスの馬は急停止し






ジュリアスを地面に振り落とし

馬は怯え泣き叫んでいた








走って逃げ去る事もせず








ただ






その場で泣き叫んでいた








けたたましい叫び声は馬の悲痛さを知らしめるのみである












賢い馬だな




主人を守っている





私の股下でカイガンがぼそりと言っていた



ジュリアスの馬は泣くことを辞めず







必死に





ただ





ただ






泣き叫ぶばかりであった











既にガンダールの馬は歩を止めている










ジュリアスが落馬したと同時に

アリュメト王がガンダールを制止していたのだ











言うまでもなくもう勝敗は決している




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