洗足先輩と私
鶴見トイ
洗足先輩と私とすべてのはじまり
第1話
何しろみなとが抱える荷物は大量だった。ぱんぱんのボストンバッグ一つ、おなじく破裂しそうなショルダーバッグが一つ、右手に紙袋、左手にビニール袋。重心がふらふらと安定せず、みなとが少し左に傾くとボストンバッグもショルダーバッグも紙袋もビニール袋も一緒に傾こうとする。小柄なみなとにとっては、これらのバッグたちの忠誠はあまりありがたいものではなかった。
門から見える敷地は、小高い丘が広がっていて奥までは見通せない。寮も学舎も視界の中には入ってこない。新しい学校の敷地はずいぶん広いようだ。
インターフォンの丸いボタンを押し、氏名を伝えると、通用口の扉が開いた。そこからまた五分ほど、今度はアスファルトではなく、モルタルの明るい煉瓦色をした道を歩く。周りの芝生はきれいに刈り込まれ、そこここに黄色や白やピンクの花が咲いていた。
(敷地バカ広いし、それなのに隅々まで手入れされてるっぽいし……『いいとこ』なんだろうなあ、やっぱり)
いわゆる『いいとこ』の学校というものに、自分が入るとは思っていなかった。ほんの一ヶ月前は、平均的な公立中学の平均的な生徒として、そろそろ高校受験の準備もしないといけないなあとぼんやり考えていたのだ。高校受験という制度が何らかの理由で消滅し、何の勉強もせずに入学できたらよいなあともやはりぼんやり考えていたのだが、かといってこの現実に発生している展開を望んでいたわけではない。つまり、こんな中途半端な時期に中高一貫で全寮制の女子校、しかも人生で一度も踏み入れたことのない岩手という土地の学校へ転入を余儀なくされるという展開だ。
(急いできたからあんまり調べてなかったけど、大丈夫かなあ。白くてレースつきのハンカチをつねに持ち歩かないといけなかったらどうしよう。キャラ物のタオルハンカチしか持ってきてないのに。しかも一個は海外土産のパチもんピカチュウ柄だし。目がこわいんだよね。なんで持ってきちゃったんだろ、あれ。置いてくればよかった)
疲れでますます短くなる一歩一歩を重ねながら、みなとはそんなことを考えていた。数分歩き、道なりに左に曲がると、やっと建物が見えてきた。
(あれが寮……かな? だよな、たぶん。さっき言われた『白い建物』ってあれだよね)
後少し、とみなとは自分を奮い立たせ、痛みを訴える足にも『もうちょっとだ』と言い聞かせた。それにもかかわらず足は爪が痛いの靴が悪いのさっさと休みたいのとぶうぶう文句をいっていたが、しかしその五秒後、みなととその足は疲れも痛みも忘れて走り出した。なぜかというと、空から人が落っこちてきたからである。
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