おどる悪役令嬢

こえだ

第1話 おどる転生者

「かわいそうに…」


目が覚めたと思ったら夢の中だった。

今の私の状況を例えるなら、まさにそんなかんじ。目の前にいるのは、心底同情している、とでも言いたげなほどの哀れみの目で私を見る、肌の白い、金髪栗毛の天使みたいな(羽生えてるよコイツ)男の子。整ったかわいい顔を見つめながら、ぼんやりと考える。


ええと、私、何してたんだっけ?


「思い出せないくらいつよく頭をうったの?それとも頭が悪くてすぐ忘れるタチ?」


男の子のくりっとした目の中には、小さな星があった。


「まあ、君のおつむが悪くても、安心して。なんせ僕は優しい天使」


「毎日ブラック企業で働きすぎて倒れ、頭の打ちどころが悪くあぼんしてしまったあなたに、偉大なチャンスをあたえましょう」


きらん。

いつの間にか男の子が握っていたスティックが小さな輝きを放ちながら、えんを描き、くるくる回される。


「甘やかしすぎると人間はダメになるから、転生先は君がプレイしてたゲームの悪役令嬢に」


「しかしゲームではなく第2の世界。だから安心して、プレイヤー(ヒロイン)はいない」


あ、そういえば思い出してきた。

私の名前は藤崎なつき。25歳。新卒で大手企業に就職できなくて就職浪人の末に、苦労した就職先がブラック企業だったついてない系女子。日本人。

趣味はゲームとちょっとだけ漫画を読む。好きなことは美味しいものを食べること。


「プレイしてたから知ってると思うけど、基本は強さこそが全ての世界(ゲーム)」


彼氏はいない。大学卒業後に自然消滅してしまった。平日は仕事が働き詰めで、帰ったら寝て、帰ったら寝て、休日出勤がない日は唯一たのしみのゲームにいそしんで…


「ちゃんと聞いてる?天使さまの大切な忠告だよ」


でも毎月の給料で生活費はカツカツ。残業代がないとろくに贅沢もできないから、いつものように馬車馬に働いてたら、ストレスで生理も重くなって、貧血で…バタって倒れて、それで、いまは?


「のんびりぼんやりしてたら、またあぼんだからね」


「え?ちょっとまって、あぼんってな」


「君に幸あれ」


スティックからより一層大きな光があふれ、私を包む。たくさんの光たちは、よく見ると小さな星々だった。

成人してから5年もたち、それなりに長く伸びた手足が、視界に入るアジア人特有の黒い髪が、スティックの光を吸収して変わっていく。背は小さく、髪は金色に。視界の高さまでもが変わり、天使くんと同じ目線になった。

哀れみが慈悲にかわり、優しい眼差しをした天使くんのあたたかい手が、私の両頬をそっと優しく包む。


「…予想外にかわいくなったね。ひとつだけ、わがままを聞いてあげるから言ってごらん」


足がふわりと地から浮き、空に向かってひっぱられる。何がどうなってるかわからないけど、直感的に思った。あ、これってきっと、もうバイバイの時。


「…っわたしも、目の中に星が欲し」


最後まで言えると思った?残念!

そんなことを誰かが言いそうな勢いで、私の願いを伝えきる前に空に向かって体が放り出された。さっきまで私の頬にあった温もりは、風で一瞬で飛ばされる。

どんどん遠くなる天使くんの顔はもう豆粒以下でろくに見えやしないけど、にこりと笑って私を見送った気がした。

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