第57話 ショッピング(2)


 思わず二度見して、そして瞳をすぐに逸らした。


「あっ、新谷さん。お待たせしまーー」


「木葉、行くぞ」


「まあ、まだ買い足りないぐら……えっ、柿谷さーー」


「行くぞ」


 半ば強引に、木葉の手を握ってその場から離れる。


「止めなくていいんですか!?」


 戸惑った様子の木葉が尋ねてくる。


「なんで?」


「だって凪坂46は恋愛禁止ですよね?」


「俺は運営スタッフじゃないからいいんだよ」


「でも、バレたら……凪坂46のメンバーを裏切る行為じゃ?」


「……アホか」


 イライラする。


「えっ?」


「アホかお前は! いったいアイツらのなにを見てきたんだよ!?」


「……」


「たとえ、恋したメンバーがいたら、『裏切り者』って責めるアイツラだと思ってるのかよ。そんな奴らじゃねーよ」


 少なくとも、俺の見てきたアイツらは、どうしようもなく不器用だった。そんなに器用に立ち回れる奴らじゃない。


「……ごめんなさい」


「もう……いいよ。わかったら、もう帰るぞ」


「……ラーメンが食べたい」


「まだ俺にたかるの!?」


「はぁ、わかりましたよ。しょうがないから私が奢ってあげますよ。感謝してくださいよ」


「17万も貢がせといて約千円で恩に着ろと!?」


「食べた後のお礼。帰るときのお礼。翌日のお礼。三顧の礼を忘れないように」


「……お前は劉備玄徳に謝れ!」


 俺にはありがとうの一言もなかったじゃねぇか。


 そんなやり取りをしながらタクシーに乗り込みながらも、それでも、少しだけ胸が痛いのを自覚した。


「……」


「新谷さん、どうしたんですか?」


「えっ……いや……ははっ……なんか、でもちょっとショックだな」


「ロリコン」


「可及的速やかな結論だろ!」


「懲役2年」


「可及的速やかな結論だろ!」


「執行猶予なし」


「可及的速やかな結論だろ! 少なくとも、俺の想いを聞いてから判断してくれよ!」


「……はぁ、なんだって言うんですか?」


「ちょっと……ほんのちょっとだけだけど、ファンの気持ちってやつがわかるな。やっぱり……なんかな」


 もちろん、アイドルと付き合えるなんて思うわけもないし、思ってもいない。それでも、自分以外の誰かを好きだという事実はなんとなくショックだ。


 いや、どちらかと言うと寂しいって気持ちか。


「……まったく、これだから童貞は」


「そんな話は君にしたかな!?」


 今の文脈でどうしてその結論に!?


「してないですけど、見てればわかりますよ」


「決めつけはよくないよ!? そして、断じて童貞ではありませんが」


「童貞はみんなそう言うんですよ」


「た、確かに……」


 俺が仮に童貞であっても同じことを言うだろう。まさしく、これは『童貞の罠』。


「と言うことで童貞ということで」


「断じて違う……断じて俺は童貞ではない。お前がどう言おうが事実は違う」


「はいはい、素人童貞素人童貞」


「もっと恥ずかしい奴になった!?」


「とにかく、今までの説明を噛み砕くと、未成年の妹分に性的な視線を向けていて、彼氏ができて本格的に寂しくなったロリコン素人童貞ってことでよろしい?」


「よろしいわけあるか!」


 それでは、完全なる変態じゃないか。(俺は断じて童貞ではない)


「まぁ、情状酌量の余地なしですね」


「……いつお前の会話の中に『情状』の箇所があったんだ?」


 そこで正座して説明してみろ。


「とにかく、童貞ということで」





















 俺は断じて童貞ではない。



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