第56話 ショッピング


 ショッピングモールに到着して早速、洋服と雑貨が揃っている小洒落た店に入る。


「わぁ……これ、540円ですって! 可愛いし、安い」


「木葉……俺にはどう見ても10万8千円にしか見えない」


 タグを見てるんだから、間違えようがない。


「ほら、配分的に私の払うお金は540円じゃないですか」


「えっ……それって俺のツッコミスキルを試すための冗談じゃーー」


「なんですかそのご都合展開は……あっ、これ可愛い360円ですって」


「7万2千円だし、いつのまにかバッグにまで適用されてる!?」


「うーん、どっちか迷うからどっちも買っちゃお」


「ジャンル違いで悩んで両方買うという圧倒的確信犯!?」


 またしてもそんな会話を繰り広げながら、二人して歩いていると、木葉が突然足を止める。


「どうした?」


 そう尋ねると、木葉が突然指をさした。


「あれって柿谷さんですよね?」


 その先には、帽子を深く被った柿谷が歩いていた。いつもの服装とは違ってお洒落だが、地味目な服装で若干挙動不審な様子だ。


「おおっ、レアだな」


 東京で芸能人がいることなんて、正直よくあることだ。まあ、知り合いのアイドルに会ったことはまだないが、こんなことは当然想定される。


「声かけますか?」


「なんでだよ。プライベートで来てるのに」


 基本的には互いに声をかけないのが礼儀だ。芸能界は他のリーマンたちとは世界が違う。互いに話してて仮にバレたら、お忍びだった場合は台無しになる。


「でも、こっちに気づくかもしれませんよ」


「流石にマズイな。気づく前に退散しよう」


「なんでですか。別に一言くらいいいじゃないですか?」


「俺ら売れてない芸人と一緒にすんな。あっちはトップアイドルだぞ。休日の価値が違うんだよ」


 おそらく、自分より100倍は忙しいのだろう。そんな中の休日は文字通り、値千金の価値がある。


「たしかに……今、私も一緒の部類にされて、すごくショックでした」


「……テメー」


「じゃあ、さっさと退散するってことは、もう時間ないんで両方買っちゃいますね」


 !?


「正気か貴様は!」


 17万円の買い物を来店して10分で決めんな!


「だって早く帰ろうって言ったじゃないですか!」


「言ったが、両方買うとは一言も言ってない!」


「私、言いましたよ」


 !?


「言ってないよ! 一言も言ってないって!」


「言いましたよ。絶対、命賭けて」


「こんなことで命を賭けるな!」


「じゃあ、買います」


「なんでそーなる!?」


「いいから、早くしましょうよ」


「渡さんぞ! 貴様には絶対に俺の財布を渡さん!」


「あっ、心配なくても給料天引きでやるんで」


「もはやそれは犯罪ですが!?」


どーなってんだお前の脳みそ。


「大丈夫です! 私、上司に気に入られてるし、仕事できるから書類書いてもノールック承認なんで!」


 な、なんて会社だ。


 もはや俺の納得などどうでもよく、木葉はレジへと向かっていった。


「はぁ……」


 思わず大きくため息をついて、再び柿谷の方を見ると、


「……っ」


 思わず息が止まり。


 迂闊にも心臓が停止しそうになった。





















 柿谷が嬉しそうに、その男の手を繋いだのだ。

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