楽屋
半ば強引に歩かされながら、逃げ出すようにタクシーに乗って。車はスタジオへと走りだす。木葉だって、仕事だ。俺もそれに従うべきなのはわかっていた。
でも。
まるで、駄々っ子のように、俺の足は動かなかった。まるで、分からず屋みたいに、記者を睨みつけていた。
タクシーに乗っても、木葉にありがとうも言わず、ただ物事が整理できずにいた。柿谷は今、どうしてるのだろうか。責められてないのか、上手く逃げられたのだろうか。記者に囲まれてやしないか。誹謗中傷はされてないのか。
「……」
「……よく我慢しましたね」
「……なにが」
俺はなにもしてない。
なにもできなかった。
「……」
「スタジオ周辺にもマスコミが張ってます。戒厳令が出てますので、この件に関しては口を開かないようにお願いします」
「……」
「新谷さん。あなたが彼女にしてやれることは、黙っていることだけです。黙って、いつも通りにしてください……いつも通りにしてあげてください」
木葉はそう言って俺の手を握る。
「……」
スタジオにつくと、またマスコミがごちゃごちゃと顔をだしていた。
「ねえ、新谷さん答えてくださいよ」「あんた、ファンに嘘ついてて良いんですか?」「真実を教えてください!」「真実を教えてくださいよ」「真実をーー」「真実をーー」
楽屋に入って携帯のテレビをつける。
*
「いやー、これはビックリしましたね。現役人気アイドルのセンターがスキャンダルとは」
「未だに運営も、総合プロデューサーの梨元氏もノーコメント。これは、ファンに対して礼儀を欠いた対応じゃないですかね」
「46グループは恋愛を禁止していますからね。彼女は未成年ですし、運営はどうやって、この件を説明するのか。その点をどう説明するのか注目ですね、どう思いますかコメンテータの佐藤さんはどう思いますか?」
「僕は……凪坂46のことはあまり知りませんが、風紀が乱れることはよくないと思います。ファンを裏切ることになりますからね」
「……さあ、エンタメの後は『真相究明』。今回の事件は酷いニュースです。報道に携わる者として、深い憤りを禁じざるを得ません」
*
プチッ。
「……」
・・・
「ああああああああああああああ! ふざけんなよっ! ジャーナリスト面しやがって! てめーら金が欲しいんだろ!? 正直に言えよ、金が欲しいんだよ! てめーらの生活をするために、てめーらの家族養うために金が欲しいんだよ! 報道の使命!? 知らねーよなんだよそれ! そんなもんのためにひとりの女の子の人生売り飛ばすのかよ! てめーらの家族食わせるために、てめーの良心売り飛ばして……てめーらの顔見てみろよ! なんて腐った顔してんだよ! なんて腐った目してんだよ! てめーらのもらった汚ねえその金で、てめーらの家族養って恥ずかしくねーのかよ! てめーらの報道なんてクソなんだよ! クソの紙屑なんだよ!」
・・・
「……はぁ、はぁ」
我ながら情けない。
俺はいったい誰に怒ってるんだ。
俺は誰もいないところでしか言えないのかよ。
人を守るために。
傷つけることも。
喚き散らしてやることだって。
俺は、アイツに、なにもしてやれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます