第33話 楽屋にて


 結局そのまま、特にアドバイスめいたことも言えずに、互いに麺をズルズルすすりながら、無駄にお味噌汁を2回おかわりして解散した。


 楽屋に帰っても、その気分が晴れることはなかった。


 『ありのままで、もしダメだったら』


 柿谷の言葉が妙に頭に残って。


 なんの言葉も掛けてやれなかった。


「新谷さん、入りますよー」


「木葉……今、俺に話しかけるな」


 俺は今、すごく反省をしている。


「梨元さんがいつもどおり呼んでまーす」


「……そうか」


 今日は、ちょうど会いたい気分だった。


           *


 コンコンコン。


「失礼しまーす」


「おお、来てくれたな新谷君」


「ええ、実は僕らからも相談があって」


「……君からは珍しいな」


「はい……すいません」


「一応、参考までに言っておく。仮に僕の年収が100億円だとして。年間200日働くとして1日5000万円。10時間働くとして1時間500万円……さあ、なんでも相談してごらん?」


「壮絶しにくいんですけど!?」


というか、死ぬほど稼いでいるなこの人は。


「いや、ほんとうにこうしている間にも時間は過ぎていくから。秒につき1300円だから……すでに1分が経過して、7万3800円……7万5100円……7万6900円……7万8200円……」


「あんたは国の借金の利子か!?」


 もはやどうにもならない雪だるま国債か!


「いいから、早く」


 す、すいません……つい。


           ・・・


「と、言うわけなんです」


「なるほど……要するにカクカクシカシカなんだね」


「いやカクカクシカシカではないですよ!?」


 というか、ちゃんと聞いていましたか!?


「いや、しかし中々残酷なことを言ったもんだね……『ありのまま』なんて」


「……はい」


 ちゃんと聞いてくれてたんですね。


「新谷君……もし、君が『ありのまま』でいいなんて言われたらどうする?」


「……」


 その質問が俺をつき刺す。


「まあ、言われないよね。お笑い芸人っていうのは、ありのままなんて許されないし、そういうもんじゃない。多かれ少なかれ『芸』を生業とする者だから」


「……はい」


 途中から気づいた。


 自分がどれだけ酷いことを言っているのか。


「君のアドバイスはある意味正解だよ……残酷な正解なんだ」


「……」


「……新谷君。アイドルはね、漢字ではこう書くんだ」


 そう言って、梨元さんは書道セットの筆を和紙に入れる。


          ・・・


愛獲あいどる


「……思いっきり当て字ですね」


「僕は少なくともこう思っている。人の愛を獲る。愛は人を狂わす。熱狂だ。それが、金という形になって落ちてくれる」


「……」


 『金』という言葉が、酷く生々しく響いた。


「まともな世界じゃないんだよここは。愛が金で測ることができる。愛は金なんだ……狂わなきゃやってられない。それをありのままでなんて、君はなかなか残酷なことを言ったね」


「……」


「……人が人を愛するって言うのはそんなに生やさしいものじゃない。僕はこう思うよ。人に愛されるためには、なんでもやっていい。汝愛を与えよ、汝愛を与えなさいってね。人々は愛に群がる。群がってくる。ありのままは正解だよ……しかし、それをやろうとするには、狂わなければいけない……愛を獲る……それがアイドルなんだ」


「……」


「新谷君……いいか、彼女たちは……人間だぞ」





















 いや、それは知ってるーーー!

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