第10話 収録前

 俺がアンケートの冊子を震えながら持っているとき、木葉が楽屋に入ってきた。


「失礼しまーす……アンケート、目を通してくれました?」


「……通したよ」


 世界で一番無駄な時間だった。


「よし、準備万端ですね、そろそろ次の収録を……ってなにしてるんですか?」


「はぁ……言っただろうが。次のR–1用のネタ練習。ちょうど、よかった。まだ、未完成だけどちょっと見てくれよ」


「本当ですか!? 見ます見ます」


 ちょこんと正座で座って真剣な眼差しをするマネージャー。元々お笑い大好き娘。こういうところは、非常に助かっている。


「今、リズムネタ流行ってるから、それに乗っかってみた」


「ふんふん」


「じゃ、行くぞ……不幸中の幸い♪ 不幸中の幸い♪」


 反復横跳びを繰り返して、リズムに乗って。


「ケツから血が出て病院行った♪ 病気かと思ったら切れ痔でした♪ 不幸中の幸い♪ 不幸中の幸い♪」


 ダンダンダダンダン♪


「財布を落として警察行った♪ 現金抜かれて返却された♪ 不幸中の幸い♪ 不幸中の幸い♪」


 ダンダンダダンダン♪


「遅刻だと思って飛び起きた♪ 会社に行ったら祝日だった♪ 不幸中の幸い♪ 不幸中の幸い♪」


 ダンダンダダンダン♪


        ・・・


「はぁ……はぁ……どうだった?」


「……だいたいテストって100点満点じゃないですか?」


「あ? まあ、そうだな」


「2点」


 そう吐き捨てて、木葉は立ち去って行った。


 ……そうかな。めちゃくちゃ面白いと思うんだが。


            *


 気を取り直して、収録現場に入ってスタンバイしていると、凪坂46のメンバーたちが、今日も全然元気がなさそうに入ってきた。


「「「おはようごいざま……」」」


「……おう。おはよう」


 『おはようございま』までしか聞こえない挨拶。彼女たちは、今後ライブとかで大きな声を出せるんだろうか。


 心配だ……全然心配じゃないが、心配だ。


「「「……」」」


「……」


 ここの空気が凍っている!?


 ……いや、凍っているのは、彼女たちの表情。どいつもこいつもオランダも。


「……」


 まあでも、その気持ちは理解できなくもない。


 初めてのレギュラー帯番組。この番組が成功できなかったら、もう終わってしまう。このアイドル生活が。


 そんな風に思って、空回りしたり、なにも喋らなかったり。


「……緊張してる?」


 自然と口から声が出ていた。収録前は集中するため、極力なにも話したくないタイプなのだが。


「「「……」」」


 無視。いや、誰に声をかけてるのかわからないのか。


「柿谷、どう?」


「えっ……私ですか?」


「うん」


 収録じゃないんだ、別に気を張る必要はない。


「……ちょっと」


「ははっ、その様子だとカナリじゃないか?」


「「「……」」」


「本田(エース)は?」


「……私もです」


「そっか……じゃあ、俺と一緒だ」


 そう言って笑うと一瞬ではあるが笑い声が。


 なんだ……可愛い顔もできんじゃん。


 そう言えば、コイツらがまともに笑った顔って一度も見てなかったのかも。なんとか面白い収録を。回そう回そうって……そんなことばっかり考えてて。


 この子たちが楽しいかどうかなんて、まったく考えもしなかった。


 こんなに真剣に前を見てる子たちなのに。


「スー……」


 大きく息を吸って、吐く。


 目の前には小娘たち。


 深夜の、たかが、30分番組。


 収録も第3回。初回でも、最終回でもない。なんの変哲もない収録。


 でも。


 それに、人生賭けてる小娘たちがいる。


 そして、ここにそれを助けたい芸人がいる。


 じゃあ、やることは一つだ。


「はい、始めまーす。3……2……1……」


 カウントダウンと同時に瞳を開け、彼女たちを見つめる。


 さあ、収録だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る