怪盗紳士ミック

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

怪盗紳士ミック退場

怪盗紳士ミック退場(1)

 ミック・アンダーグラウンドは五十海いかるみセントラル病院の待合ホールに置かれた背もたれがやけに固い椅子に心地悪そうに座って、約束の時間を待っていた。


 平日の午前中のことである。老人の集会場と化したホールには、すえたような臭いが漂っている。臭いのもとはわからないが、死体のそれとよく似ていることだけは確かだった。


「アンダーグラウンドさんですね?」


 約束の十時を少し過ぎたところで、若い女が姿を見せた。スーツの上からでもはっきりとわかる豊満な体つきで、唇にもはっとするほど鮮やかな口紅をさしている。


 およそ病院職員にはみえなかったが、立ち上がったミックに女は「院長秘書の伊良間いらま千代ちよです」と名乗った。


「ご案内しますわ」


 秘書に連れられて職員以外立ち入り禁止と書かれたドアを通り抜けて奥に進むと、重量感のあるウォルナットのドアがみえてきた。


「やぁ、来たね」


 患者用のベッドがゆうに六台は入るであろう広々とした部屋の中央で、リクライニングチェアに腰掛けていた男が、ゆっくりと立ち上がった。


「院長の狩鷹かりだか亀一きいちだ。噂の怪盗にお会いできたことを嬉しく思うよ」


「ミック・アンダーグラウンドです。よろしく」


 若き総合病院の長はミックが差し出した手を強く握り返すと、爽やかな笑みとともにソファに座るよう勧めた。待合室とは比べるまでもない上等なソファだった。


「凄腕の泥棒なんですって?」


 ミックがソファに座ると、秘書の伊良間がコーヒーカップをテーブルに置きがてらそう話しかけてきた。


「ちょっと違う」


 そう言ってキザな含み笑いを浮かべたのは狩鷹だった。


「ミックはただの泥棒じゃない。エロティックなブツを専門にした怪盗なんだ」


「え? それってどういう……?」


「例えば、パンティとかブラジャーとかをだね」

 伊良間が眉をひそめた。


「……ただの変態じゃないですか」


「失敬な。怪盗紳士ですよ。それにブルマや黒タイツもオーケーです」


「なにひとつオーケーじゃねーよ!」


 先ほど上司の許可も取らずに話しかけてきたこともそうだが、どうもこの秘書はあまり育ちがよくないらしい。ミックはやれやれと肩を竦めて、狩鷹を見やった。


「そう言うな。たとえ変態でも腕は確かなんだ」


「とてもそうは見えませんけど」


「……残念ですね。ところでこの部屋、いささか涼しくはありませんか?」


「クーラーを効かせすぎたかね? 私には適温なんだが」


 狩鷹が言い終わるのと、院長秘書がはっと息を飲むのは同時だった。


「いつ……? どうやって……?!」


 下半身をパンパンと叩きながら、院長秘書は部屋の隅へと走っていく。


「一体何をしたんだね」


「ぼくはとんでもないものを盗んでいきました。彼女の下着です」


「わたしまで変態みたいじゃねーか!」


 部屋の隅にうずくまったまま、院長秘書が抗議の声を上げた。


「あの紫の紐パンなら、あながちミックの言い分も間違いじゃないと思うが」


「院長という名の変態も黙ってろ!」


 医学書が飛んできた。

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